2017-05

元日本兵はナボイ劇場の仕上げ工事に関わった

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カザフスタンを派したのは2000年。地平線は見えるが、雪山が見えない。キルギスとの国境沿いの南岸を走っただけ。野生動物が多数生息しているアルタイ地方にはいかなかった。マウンテンバイクだったから、景色の多彩なアルタイの方がぴったりだったのだが。

ある町でゲストハウスに泊まった。荷物を部屋に入れていると、外から音楽が聞こえてきた。「お祭りでもあるのか」と思って慌ててゲストハウスを出た。音の源は、近くの家の中庭に続いていた。笛、太鼓、鈴の3つの楽器を奏でて、村人の浪速の中に招き入れていた。汗を書いても着替えしていなののだが、そのまま中庭に入った。村人がお菓子を食べていた。

何事かと思って聞いてみると、この家の女主人が亡くなって13回忌なのだという。13回忌って、仏教だけのものかと思って折いたら、イスラム教でもあるらしい。また、吟遊詩人が来て、何やら歌っていた。ここの家の奥さんは、親切な人だったと生前のことをほめているらしい。ドタールという民族楽器を演奏しながら歌っていた吟遊詩人は、こうして家庭の集まりに呼ばれては歌い、生計を立てているのだという。日本の歌手の、テレビに出て当てて儲けてというのはずいぶん違う。「好きすき「「」を仕事にしているという風だった。

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ウズベキスタンでは、タシケントのナボイ劇場に行った。すでに煉瓦積みが終わっていた建物は、ソビエトの有名な建築家が設設に沿って煉瓦を積んでいた。1945年10月末に元日本兵が到着し、配線などの付属的、装飾的な仕上げ作業を担ったのだった。

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サマルカンドでは、巨大な桑の木には驚いた。日本では見たことのない大きさだ。桑の木の下でおじさんが、駄菓子屋さんを店開きしていた。簡単に台を組み立ててお菓子を並べただけ。雨が降ったらいつでも店じまいできるようなお店だった。

また、桑の実は、白いドライフルーツがバザールで売っていた。日本では桑の実と言えばムラサキ。だが、みんな白い桑の実だった。紫色の実は一度も見ることが無かった。白とムラサキ桑の実の色の違いの境界は、どこになるのだろうか。

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サマルカンドは、ブルーモスクの町として有名だ。だが、玄奘三蔵がアフラシャフの丘にある町を訪れた時、拝火教、つまりゾロアスター教のお坊さんに追われている。この時はイスラム教は、サマルカンドに入っていなかったようだ。

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トルクメニスタン入ったのは、2003年のことだった。アムダリアを渡ったのは夜の9時。真っ暗な闇の中、夜走ることを想定していなかったので、ライトを持ってい中た。先導する車の赤く光るテールランプを頼りに、轍の後を踏むようにして進んだ。途中で汗が流れた。砂漠の中だというのに、急に湿度が高くなった。

タイヤの下の方で水の流れる音が聞こえた。浮き橋だった。街灯もない闇の中、アムダリアの上を横断していたのだ。

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今年の8月9日kら24日までキルギスへサイクリングに行く。そこでキルギスのことが書いてあるかと思って買ったのが、「アレクサンドロス大王の東征を掘る」エドヴァルド・ルトヴェラゼ著、帯谷知可訳、NHKBOOKS、443円より。

だが、オシュに関係する記述は、2行ほど。オシュの北西8㎞のイシュカヴァンという地域に大王が死に場所との伝承があるというのだ。伝承がるのは、あるファルガナの伝承とあるだけで、具体的な地名はない。キルギスの地図でイシュカヴァンを調べたけれども、そんな地名はない。伝承にあるだけで架空の地名なのか。

NHKに電話して聴くと同時に、雄でもそんな伝承を聞いたことがあるか尋ねてみよう。地図を開くと、オシュから北西8㎞は微妙な地域だ。キルギスとウズベクの国境にあるのだ。面白くなるばかりだ。

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2003年にトルクメニスタンへ行ったとき、マリーにあるメルブの遺跡へ行った。今では世界遺産に登録された遺跡。だが、誰もいなかった。遺跡をアrついていると女性が10名ほど観光に来た。トルクメニスタンの会社に勤めており、社員旅行だという。

この国、誰がスパイなのか全くわからない時代だった。スナックでマスターに麻薬の密輸ルートを聞いていた。翌朝、スナックにいなかったガイドに「あう言う話はしないでください。誰が聞いているかからないので。無事に日本へ帰りたいんでしょう」

脅しのようなセリフで、見張っていることを伝えられた。

来年、トルクメニスタンを走ろうと計画している。この約15年でどのように変わったのか知りたい。そのガイドが、顔色を変えたのはそのあとすぐのことだった。

明日に続く。写真が出てくるかな。
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キルギスでオジさんは夏休み


団地の庭で採れた桑の実

団地の庭に桑の木がある。イランで乾燥した実を買った。帰国後に半信半疑でプランターに植えてみた。芽が出た。大きくなった。

時々海外へサイクリングに出かけることがあり、手に負えなくなり、植木鉢の底を抜いて、知らん顔して団地の庭に下した。当然、蜂の下から根が出ているはず。水をあげなくてすむのでとっても便利。植木鉢に入れた風を装っているので、誰も文句は言わないし、庭を管理している人も切り倒たりししない。桑の木は、異国で大きく伸び伸びと育っている。

桑の木は、実が採れるに様になった。白い。これで完熟していて、甘い。スペインでも桑の実は白かった。ムラサキもあった。白い桑の実をプランターに蒔いてみたが、芽は出ない。来年の春だろうか。

団地で採れた桑の実を、ベランダで干してみた。種を成長させて、種まきをするためだ。

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ヒョウタンと思って育てているツルものは、ちょっとお。かしい。

雄花がスマートすぎる。芽カキをしたので、子ツルや孫ツルから雌花が出てくるだろうそうすれば、カボチャかヒョウタンか、素人にも分かるようになる。

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キルギスの子供たち。キルギスでは5月25日から夏休みに入る。夏休みが終わるのは8月末。3か月の夏休み。大人も夏には1か月は休みを取る。それでも国家は存続している。家族も一緒に休みを過ごしている。田舎の子供たちは、自転車代わりに馬に乗って遊びに出かける。カーボーイのようにさっそうと、遊びに行く。

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アイスクリームのパッケージ

中央アジアのアイスボックスでは、マトリョウシカのデザインをしたアイスクリームを見かけることがある。たまにはパーとお金を使って、周りにいる子供たちにアイスクリームやキャンディーを買ってあげることがある。次からつぎへと子供がわいてくる。2本食べた子供もいたかもしれない。これでいい。おじさんも夏休みだ。明日のことは考えない。

キルギス・サイクリング参加者募集中 シベリア抑留を知るキルギス人へのインタビューも


2012年、キルギスでのサイクリングの様子

キルギスでのサイクリングに参加するメンバーを募集中

8月9日から24日の日程でキルギスへサイクリングに行きます。

走行するルートは、ビシケクの南西約100キロのところにある標高3586メートルのテョル・アシュー峠のあたりから南部の街オシュまでの約750キロ。走行するのは、8月11日から19日までの9日間。

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途中のジャララバードでは、元日本兵の抑留の様子を調べるインタビューをします。

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旅の様子は、インターネットで日本でも知ることができるようにしたいと思います。キルギスでは急速に無料のWifiが進んでいるので、参加者によりfacebookやブログでもお知らせすることができるようになっています。

現在の参加者は、7名(男性5名、女性2名)です。

日程:2016年8月9日から24日
走行ルート:ビシケクから約100キロ南西のテョル・アシュー峠近くからオシュまで
参加費:約50万円

備考:伴走のバスがあり、何時でもバスに乗れる。バスdネオ移動の人も参加可能。
主催:シルクロード雑学大学
問合せ:090-1769-6641(シルクロード雑学大学長澤法隆)まで、メールの場合 nagasawa_horyu○ybb.ne.jp(○を半角のアットマークに代えて送信してください)

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参考となるブログ「キルギス満喫一人旅」

ビシケクからオシュまでの車で移動した様子が写真とともに紹介されている。3回の休憩を含めて11時間弱だったという。

講演会 キルギスの魅力を伝えます 元青年海外協力隊員の大倉忠人さん


イシククル湖の畔にて

講演のお知らせ


タイトル:報道とデータで見るキルギスとその実態 ビシケクからオシュを中心として」

日時:6月11日(土)15時~17時

講師:大倉忠人(メーカー勤務、青年海外協力隊ボランティア キルギス共和国に派遣)

会場:JICA地球ひろば2階 大会議室(JR市谷駅下車、徒歩10分、新宿区市谷本村町10-5)

参加費:一般1000円、学生500円

備考:誰でも参加できます。予約不要。

主催:シルクロード雑学大学 090-1769-6641

8月9日から24日に行うキルギス共和国のタシケント郊外からオシュへのサイクリングの前に、青年海外協力隊のボランティアとしてキルギスで2年間を過ごし、キルギスの大統領選挙にあたって、選挙監視団のメンバーとして派遣された体験を持つ大倉忠人さんに、ビシケクからオシュへ行った際のことも交えて、魅力と原図用を話していただきます。質問大歓迎。キルギスへのサイクリングの参加も大歓迎です。

サイクリングは現在のところ7名が参加を表明。休暇などを調整中が6名います。

遠征の参加者は、50代から70代まで。サイクリング歴50年以上から初心者まで。バスの伴走が付くので、荷物を持たないでサイクリングできます。注意は、山岳地の風景に見とれての自転車のわき見運転。

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敦煌近郊自転車でゆく


敦煌をめざしてペダルを踏む

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30分に1回の休憩、と言っても腰を落とす木陰はない。温かいアスファルトが待っている。

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木陰で休憩しようなんて、誰も考えない。午後になると自分の影を踏むように、ペダルを踏みこむ。

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ようやく到着した敦煌はオアシス。果物も豊富だった。

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1995年のことだが、自転車屋さんも多かった。市民の移動手段は、大方自転車だった。

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敦煌の手前、疏勒河を堰き止めたダムがある。そのダム湖の湖底に、玄奘三蔵が通った唐代の玉門関が沈んでいる。発掘結果だけはあるらしい。

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三危山が安西(今は古代の地名である瓜州市になっている)から敦煌まで約100キロ続く。その山の上を歩くと面白い。時には、うさぎの白骨死体をみつけることもある。こちらが谷底から這い上がれなくなることもある。一人で行くのは危険だ。

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敦煌の町には、水に関係する容器がたくさん並んでいた。オアシスらしい光景に感じた。

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