2017-08

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国立オシュ大学の日本語学科を支援するツアー 参加者募集中



参加者募集中

タイトル:キルギスの国立オシュ大学の支援と元日る本兵の足跡探訪

     日本語学科を支援し、元日本兵の足跡を巡る――――日本語教育の支援を通して収容所を探訪

旅の目的:
中央アジアにあるキルギス共和国、南部にある第2の都市オシュには国立オシュ大学があります。この大学は、キルギス南部にある自治体の行政関係者の育成や大学などの教育機関の研究者や教員を育成する役割を担っています。大学には、日本語学科を学ぶ学生が45名います。しかし、大学の図書館には日本語の蔵書がありません。旅行の際に読み終えた日本語のhンを持参して大学に寄贈、日本語の教育委あy日本の理解に役立ててもらうのが一つの目的です。大学で日本語を教えているアイグリア教授は、筑波大学に留学して日本語を学んでいます。アイグリアさんお話では、絵本やコミックを希望しているとのことです。他の本でも構いません。
また、キルギスの東部にあるイシ・ククル湖畔のタムガ村には、125名の元日本兵が抑留されていた収容所がりました。元日本兵立建てた建物は、今でも泥治療の診療所として利用されています。この中に設置されている「キルギス平和センター」では、抑留されていた元日本兵の記録や写真を展示しています。若い世代にも、泥治療の診療所を立てたのは元日本兵だったと伝えるためです。元日本兵の働いている様子を子供の頃に見たことがあるというキルギス人に、元日本兵の働きぶりや捕虜としての暮らしぶりなどを聞く計画です。シベリアに抑留された親を持つ人たちの参加を歓迎します。

実施期間:2017年8月31日(木)~9月11日(月) 12日間(バスによる移動です。時々草原を歩きます)募集人員:15名

参加費:30万円(他に燃料チャージなど)、

日程:①8/31(木) 成田⇒仁川(韓国)
   ②9/1(金) 仁川→アルマトイ(カザフスタン)
   ③9/2(土) アルマトイ→ビシケク(キルギス共和国)
   ④9/3(日) ビシケク→タシュキョミル
   ⑤9/4(月) タシュキョミル→オシュ
   ⑥9/5(火) オシュ→ビシケク
   ⑦9/6(水) ビシケク→タムガ
   ⑧9/7(木) タムガ滞在
   ⑨9/8(金) タムガ→カラコル→ビシケク
   ⑩9/9(土) ビシケク滞在
   ⑪9/10(日) ビシケク→アルマトイ→
   ⑫9/11(月) 仁川→成田

参加条件:シルクロード雑学大学の会員であること。

地図:水色の点線が移動ルート
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参考資料:
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「天山の小さな国 キルギス」三井勝雄著、東洋書店刊

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「タムガ村600日 キルギス抑留の記録」宮野泰著、新潟日報社刊

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シルクロード雑学大学で、キルギスに抑留されていた元日本兵を見つけ出したことを伝える新聞記事。これまで、厚生労働省は「キルギスに抑留された日本人はいない」と言っていた。

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キルギス共和国の国防省とシルクロード雑学大学が交渉して、日本人抑留者のことを記録する「キルギス平和センター」を設置したことを伝える新聞記事。

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元日本兵と一緒にキルギスのタムガ村にあった収容所を訪問したことを伝える新聞記事。

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「週刊シルクロード紀行 12 イシ・ククル湖」朝日新聞社編 朝日新聞社発行

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上記の本で長澤法隆が連載した記事。

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「湖底に消えた都」ボリス・ジューコフ著、加藤九祚訳、角川新書

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「検証キルギス政変 天山小国の挑戦」浜野道博著、東洋書店発行

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「アレクサンドロス大王東征を掘る」エドヴァルド・ルトヴェラーゼ著、帯谷知可訳、日本放送出版会

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元日本兵が建てた診療所

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「小学6年生の時に元日本兵が船でタムガ村にやってきた」と証言したキルギスの女性(左)

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「19歳の時にトラックドライバーとして元日本兵と一緒に働いたことがある。東京、沖縄と出身地を話している元日本兵がいた」と証言してくれたキルギス人
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西安の自転車事情。2016年西安歴史ウォーキング、その1


西安の街の北側を流れる渭水の畔。高層ビル街は、西安の郊外。

3月21日、中国から帰国しました。今朝は6時にホテルを出て空港へ。北京空港で5時間の時間待ち。機内で寝てあっという間に帰国しました。

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西安の北を流れる渭水、川の畔は散歩コースのようだ。

3月15日、歴史ウォーキングの1日目に、渭水の畔を歩いた。

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西安ウォーキングと言っても、1日目は咸陽市。桃の花が満開の季節だった。

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シティーバイクを咸陽市ではよく見かけた。ドタバタで値段は調べなかった。貸し出されていることは確か。貸し出した自転車が特定の地域に集まってしまうのか、トラックで移動している様子も見かけた。

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何やら、硬い人生を歩む人が勤めている建物の前。どちらかというと、中年の人がこの自転車を利用しているようだった。中学生や高校生は、自分の自転車を乗り回している。ロードはあまりなく、ほとんどがマウンテンバイクだった。

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まだ開通していない道路をサイクリストの集団がツーリングに利用していた。30名ほどのグループだった。ほとんどの人がヘルメットをかぶっていた。モーターバイクの人よりも、ヘルメットの着用率は高いように思った。恰好から入るのが基本のようで、一目でサイクリストと分かる服装が多かった。

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渭水の畔には、川の両側に片道15キロのサイクリングロードがある。レンタルもしているようで、ヘルメットをかぶらないサイクリングの人が多かった。服装も普段着だった。

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こちらは、昔々、馬の手綱をしばっておくポールとのこと。名前は忘れた。博物館の庭なので、あつめているようだ。よく見たかったが、時間があまりなかった。というか、見る知識がない。

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ヘルメットをかぶらない3人乗りのバイクもいた。大学生のようだった。渭水に架かる橋からの下り坂だったが、とても危ない。注意する警察官はいなかった。そういえば、自転車に乗った警察官はいなかった。パトカーかバイクだった。

取り急ぎ自転車事情の報告。

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