2017-11

青梅駅から奥多摩湖までサイクリング

P5140365_R.jpg



5月14日(日) 5月末からスペインの巡礼の道をサイクリングする仲間と一緒に、トレーニングと親睦を兼ねて青梅駅から奥多摩のダム湖、そして奥多摩駅とサイクリングした。曇り空で、暑くもなくよかった。

P5140346_R.jpg
石川酒造のレストラン前

青梅駅を出発したのは9時前だった。午前中に石川酒造に到着。ここまでは車も少ない。トイレを借りて、飲める人はお酒を買って帰宅後に備えた。

P5140353_R.jpg

だんだんと上り坂になる。桐の花のきれいなところで休憩してもらった。

P5140354_R.jpg

道路脇の藤の花もきれいだった。国立あたりではすでに終わっていると思うのだが、標高が違うのでいろんな花を楽しめるのだ。

P5030309_R_20170517202538ba4.jpg
藤の花はこんな風。この辺り庭が広いなあ。人生における楽しみは何なのか、考えてしまう。

P5140357_R.jpg

発電のためのダム湖か。

P5140362_R.jpg

むかし道というルートを行ったのだが、徐々に上っていた。

P5140364_R.jpg

新緑がきれいな季節だ。木の枝の自由な伸び方に見入ってしまった。スギのようにまっすぐ天井に延びるだけが人生でないように感じた。紆余曲折も楽しもう。サイクリングも同様だ。迷い道、わき道を楽しみたいものだ。

P5140365_R.jpg

あ、ここから昔道。写真はちょっと順番が違うかも。

P5140367_R.jpg

弁慶の腕抜き岩とか、3メートルくらいの自然石の様だ。

P5140374_R.jpg

穴の開いた石を積んで、むかしの人は耳の病気の回復を願ったという塚。病院もないので、病気をこのようにして自然治癒力を引き出したて、回復を願ったのだろう。山の中というか、むかしのくらしを偲んだ。想像力の豊かさにも感服した。穴の開いた石に耳の回復を願う、そんな自然との一体感がいいなあと感じた。

P5140375_R.jpg

大きな木だ。楓だと書いてある。秋の紅葉の時にもう一度見たいものだ。とにかく青葉がきれいだった。次回は秋、歩きかな。

P5140379_R.jpg

今も軒下に薪を積んでいる家並み。薪で炊いたご飯はおいしいのだろう。羨ましく思った。便利さで失ってしまう物事を考えてしまった。不便でもおいしければ‥‥、満足できればいいじゃないか。楽しい一家だんらんに思いを巡らすのだった。子供の遊びのように、足りないものは工夫して足せばいい。それが知恵というものだと思った。

P5140387_R.jpg

多摩湖のダムの近くまでペダルを踏んだ。やれやれ。

P5140389_R.jpg

これで山の位置と名前がわかるらしい。サイクリストも多かった。もっとも、ロードの速い方々がほとんどだったけれど。

P5140392_R.jpg

トイレに行ったら、こんな自転車野郎が鎮座していた。ヘルメットもかぶっていて、かわいい。あまり熱心に走るなよ。風景もそこに暮らしている人との交流も楽しめよ。

P5140394_R.jpg

こんな道を走ってきたらしい。そして、降りていくのだ。

P5140397_R.jpg

登りは必至だったが下りでは、ときどき多摩川にかかっているつり橋を渡って、河口と上流との川幅や植物の違いをカメラでパチリ。

わたしは青梅から電車で帰った。半分ほどのメンバーは立川近郊の自宅まで自転車に乗って帰った。

帰りの電車は、御岳山駅から中国人がたくさんのってきた。外国人も、東京タワーなどだけでなく多摩の自然を楽しみに来ている人が多いんだんなあ。奥多摩も国際化していることがよく分かった。楽しい輪行だった。

わたしはやはり、写真を撮りながら風景を楽しみ、人との出会いを楽しむのんびりとした旅が好きなようだ。
スポンサーサイト

加藤九祚先生と自転車 「こころはいつも旅をする」


大谷探検隊の中央アジアでの取り組みが本になったらしい。

img914_R.jpg
先月、中央アジアのウズベキスタンで亡くなった加藤九祚先生が翻訳に取り組んでいたものをまとめて毎年出版している「アイハヌム」という雑誌の広告が出ていた。東海大学出版会からの加藤先生に対する追悼の意味なのか。

img013_R.jpg

加藤先生は、晩年は中央アジアにありアラル海に注いでいるオクソスという河、この周辺にある遺跡に注目していた。

img981_R.jpg
岩波ジュニア新書に「シルクロードの大旅行家たち」と題した本を出版している。シルクロードの旅行か7人を取り上げて紹介している。を知る入門書。巻末には、加藤先生が本を書く上で参考にしたシルクロード関係の本も紹介している。こちらもシルクロードをこれから知ろうという人には役に立つと思う。

加藤先生はお酒を飲むと「君たちの世代がうらやましい。僕も若いころが平和だったら、自転車でシルクロードを一緒に旅したいんだ」といつも言っていた。

加藤先生は、若いころに自転車で九州を周ったと楽しそうに話していた。シベリアに抑留されてからは「僕はスターリンのもとに留学したと思っているんだよ」「平凡社に勤めてからも、電車で原稿をもらいに行くときもロシア語の辞書をもって、勉強していたんだよ」と口癖のように話していた。シベリア抑留のことに関しては、話したがらなかった。これまでの書籍を通して、受け止めるようにしたい。

11月3日にJICAで「偲ぶ会」があると案内が届いたが、わたしは出席しないことにした。主催者の対応にはがっかりした。

国立民族学博物館などが呼び掛けて、他の日に「偲ぶ会」を開催すると聞いている。奥様の加藤定子さんも出席するこちらの「偲ぶ会」の出席させてもらうことにした。詳しい日程が分かったら、ブログでも紹介します。

サマルカンドから加藤先生の発掘していたからカラテパまで、自転車で旅して「偲ぶ会」としたいとも思う。途中で、アレキサンダーも通ったと伝えられている鉄門を、自転車を押して通ってみたい。自転車でシルクロードを旅することで、加藤先生がキャッチフレーズとしていた「こころはいつも旅をする」を形にしたいものだ。

武蔵国分寺はカップルの聖地だった


武蔵国分寺の尼寺

晴れたので散歩に出かけた。買い物自転車で出かけたのだった。国分寺の写真、ちょっと斜め。注意しなければ。
最近、三半規管がおかしくなったらしい。カメラのGPSを確かめようと思ったのだが、今日はカメラ機能だけチェック。

P6170005_R.jpg
工事中かと思った。

尼寺の前で工事中なのか作業している人の姿があった。

P6170006_R.jpg

遺跡調査だった。家の建て替えか何かがあり、工事が始まったらしい。

P6170010_R.jpg
瓦が出てきたようだ。模様もよく見えた。

P6170013_R.jpg

尼寺の周囲に掘られた「濠」を発掘しているとのこと。「あの茶色い土が関東ローム層です」などと細かく説明してもらっった。ありがとうございます。また来ます。

定年後に、遺跡の発掘に関わるアルバイトを希望する人が多いと聞いたことがある。この方たちがアルバイトなのか、国分寺市の職員なのかは聞かなかった。だが、楽しそうだ。うれしそうにすすんで説明してくれた。

キルギスでは、発掘していない遺跡がたくさんある。それも、世界遺産の発掘も終わっていないようだ。まだ発掘されていないものもある。定年後の人たちに中央アジアで発掘のボランティアがあったら、丁寧に作業をしてもらえるように思った。

以前、キルギスで玄奘三蔵が通ったと伝えられているアク・ベシム遺跡で発掘の様子を見ていた時、鉄のスコップで遺跡を掘っていた。しかも、目の前でスコップがあたり、ガラス玉が割れてしまった。もったいない。

しかも、割れたガラス球をゴミとして捨てていた。成分を調べれば、どこで作られたガラス玉かわかるし、運ばれたルートの推測から交流の足跡を明らかにする手掛かりにもなる。もったいないと思って見ていたのだった。残念な出来事だった。

P6170014_R.jpg

武蔵国分寺の遺跡の話に戻るが、掘った土の下から瓦が出ていた。掘っているのは「濠」だから、埋めたゴミなのだろう。

P6170019_R.jpg

遺跡の発掘は、武蔵国分寺尼寺のすぐ前。天気のいい日には散歩にどうぞ。

P6170023_R.jpg

P6170024_R.jpg

P6170035_R.jpg
伝鎌倉街道。尼寺のすぐ近くにある。

P6170045_R.jpg
梅雨の晴れ間だが、アジサイが咲いていた。アジサイにはやはり雨が似合うのだった。今日は晴れ。


東山道武蔵路。今は道路ではなく、「復元した古代道路」で、公園になっている。小さな子供たちの自転車の練習場。車が来ないので安心して練習できる。

私の話だが、ここから古代道路を走るサイクリングをスタートしたい。レポートを書いてほしい雑誌の編集者は、いつでも連絡をください。定年後のサイクリングの楽しみ方に生かせます。しかも全国各地に古代道路の遺跡があります。ただし、古代道路の一部は推定となります。

P6170108_R.jpg
武蔵国分寺の遺跡にある大きな木

武蔵国分遺跡にも行ったが、何時も気になっていたのは大正年代に作られた墓のような石碑。木にめり込んでいるところを見ると、木の方が石碑よりも古い。それよりも、この木は1本だと思っていたが、2本だったことに気が付いた。

そうかここはカップルの聖地か。国分寺市よもっとPRしろ。若者にアピールしよう。

P6170113_R.jpg

尼寺前の発掘調査は1週間ほど。天気のいい日に案内してほしい人は連絡をください。調査の方も喜んで説明してくれると思います。

尚、尼寺の版築には、中国から技術者が来て工事にかかわったと思われているようです。

キルギス人の映画監督の描いた抑留者



昨年の6月にキルギス人の映画監督が来日しています。1946年から1948年にかけてキルギス共和国のタムガ村に抑留されていた元日本兵を取材するために来日したのでした。抑留された元日本へを追って、新潟県と長崎県へ取材に行っています。

3月21日のノールズの時にキルギスで上映があり、その後、日本国内で上映する予定だとのことでした。

ところが、日本語版の制作に手間取っていて、今すぐに日本で上映することはできないと、在キルギス日本大使館を通じて連絡がありました。

実は、日本側の窓口になっている長澤は、5月5日までスペインとポルトガルへサイクリングに出かけます。長澤が帰国後に、日本国内で上映のチャンスを設定することになりました。

東京都内の大学と新潟県内大学で上映する予定です。主にマスコミと研究者をを対象とする予定ですが、関心のある人は連絡をしてください。参加費は500円から1000円を考えています。

三浦みどりさん、津島祐子さんとの出会いと作品


朝刊の広告、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの作品を宣伝していた。

2月23日(火)、新聞を開くと三浦みどりさんの名前があった。ノーベル賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの作品と一緒にあった。三浦さんは、このの^ベル賞を受賞した作家の作品を翻訳していたのだった。群像社という出版社から出ていたのだが、岩波書店から文庫版になっての再発行だ。こちらの方が売れるだろから、よかった。

もっとも、三浦みどりさんは、2012年に亡くなっている。

わたしは、中央アジアにあるキルギスで抑留生活を強いられた元日本兵を、2007年にみつけている。それまでは、日本の厚生労働省に問い合わせても、「キルギス共和国収容所はなかった」との答えしか返ってこなかった。「天山の小さな国キルギス」(東洋書店)に、書写の三井勝雄氏は、キルギス人の間に元日本兵と一緒に働いたことがあるといっキルギス人の証言を記録している。

わたしは、それ以降、毎年キルギスに行っていた。そして、新聞の協力を得てキルギス共和国の収容所にいたことがあるという元日本兵を見つけ出している。当時、元日本兵は83歳と85歳だったように記憶している。接しした。

2012年にキルギス共和国のタムガ村にある収容所だった保養地に「キルギス平和センター」という元日本兵の記録を写真などを展示する施設を設けた。この時、三浦みどりさんは、「極光のかげに」(高杉一郎著)のロシア語版のコピーを寄贈してくれた。タムガ村の子供たちにも、よくりゅ社のことを記録した作品を読めるようにとの配慮だった。

その後も、保養地のロシア語のパンフレットを日本語に翻訳するメンバーを紹介してくれたりと、ずいぶんと助けられた。三浦みどりさんと話すと、同じ時期に沼野光義さんにロシア語を習っていたことが分かった。東中野にマヤコフスキー学院という施設があり、わたしは、、大学の5年目からここでロシア語を学んでいる。三浦みどりさんは、この施設でロシア語の上級のクラスに学んでいたという。沼野光義さんは、今は東大で教えている。

img265_R.jpg

「ボタンの穴から見た戦争」の解説は、沼野光義さんが書いている。三浦みどりさんは東京外国語大学の卒業だが、マヤコフスキー学院では沼野さんに教わっている。子弟による一冊なのだ。

img266_R_201602232216359d8.jpg
一緒に発行されている「戦争は女の顔をしていない」も三浦さんによる翻訳だ。

若くして亡くなったのは残念だが、いい仕事を残してくれた。締め切りにおすぁれることのない毎日をのんびりと過ごしてほしい。

img263_R.jpg

朝刊には、小説家の津島祐子の死を悼む文章も載っていた。

2010年だったと思うが、キルギスで捕虜生活を強いられた宮野泰さんと一緒にキルギスへ行ったことがある。彼にとっては、復員後2回目のラーゲル訪問となる。その時、わたしがキルギスのタムガ村での定宿で2階から降りると、見覚えのある女性がいた。それが津村さんだった。講談社の編集者と一緒だった。

「他にも日本人が一緒だよ」というと。「え、こんなところに」との返事だった。
津島さんは、マナスというキルギスの伝説に関心があって訪問していたらしい。ところが、とんでもない田舎だと思っていたら、シベリア抑留の一人である日本人がいたのでびっくりしたようだった。

相手は仕事だろうと思ったんで、あまり話さなかった。その後、津島さんは「黄金の夢の歌」という小説を発表している。シベリア抑留のおじいさんとの出会いが、どのように作品に組み込まれているのか。わたしはしらない。文庫になったようだから今度読んでみよう。作品のことに関しては、このサイトを見てほしい。

«  | ホーム |  »

プロフィール

Author:silkroadcycling
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

スペイン「巡礼の道」サイクリング (11)
ユーラシア大陸横断サイクリング (47)
講演会のお知らせ (42)
古代道路 (11)
日記 (55)
シルクロード雑学大学 (14)
未分類 (30)
シルクロードと日本 (40)
「ツール・ド・シルクロード10年計画」 (12)
チベット文化圏 (16)
シベリア抑留 (17)
国内サイクリング (36)
海外サイクリング参加者募集 (5)
写真展のお知らせ (15)
シルクロードの旅のお知らせ (6)
シベリア抑留・キルギス (21)
本の紹介・自転車 (7)
本の紹介・自転車・日本国内 (1)
本の紹介・シルクロードの楽器 (3)
コミックの紹介・自転車 (1)
西安ウォーキング (1)
本の紹介・最近のシルクロードと中央アジア (5)
展示会などのお知らせ (15)
海外サイクリング (13)
シルクロードの植物の栽培 (36)
キルギス・サイクリング (21)
自転車事情 (2)
シルクロードを歩く (3)
支倉常長の足跡 (10)
多摩川サイクリングロード (15)
リンク (1)
東日本大震災 (2)
多摩丘陵 (3)
佐渡・新潟・北陸 (1)
河西回廊ウォーキング (5)
佛教の南北伝播 (1)
学食巡りサイクリング (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR