2013-05

銚子観光大使としてロカ岬をめざす

千葉県銚子市から「銚子観光大使」に委嘱するとの連絡があった。

6月7日に銚子市役所を訪れて、委嘱状の授与式に出席する。

「ツール・ド・シルクロード20年計画」では、銚子市内に本社のある信田缶詰株式会社より、イワシの角煮などの商品の提供を受けていた。

「ツール・ド・シルクロード20年計画」は、昨年、ローマに到着してゴールした。今年からは、ローマから西へ向かい、4年かけてポルトガルのロカ岬をめざす。その後、中国の西安に戻って上海をめざし、「ユーラシア大陸横断サイクリング」へと結実する目的を新たに設定した。

このことを知った信田缶詰前会長の信田臣一氏が、千葉市にある犬吠崎とロカ岬が姉妹岬であると私に教えてくれた。こんなことから銚子観光大使に委嘱するとの話が持ち上がった。

ローマからロカ岬をめざしながら、銚子市内の缶詰や醤油、濡れせんべいなどを旅先で出会った人に食してもらい、銚子をPRすることになる。銚子在住や銚子出身者の参加・協力大歓迎。問合せは、シルクロード雑学大学まで。
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シベリア抑留 公開シンポジウムのお知らせ

公開シンポジウムのお知らせ
シベリア抑留の実態解明へ

日時:6月1日(土)13時~18時
会場:法政大学外濠校舎(4階 S407号室)
内容:映像と報告と討論
   主要参加者
   ・ヌルラン・ドゥラトベーコフ(カザフスタン・ボラシャック大学学長) 通訳付
   ・エレーナ・カタソーノヴァ(モスクワ東洋学研究所上級研究員) 通訳付
   ・呉 正男(台湾出身、カザフスタン抑留体験者)
   ・味方俊介(『カザフスタンにおける日本人抑留者』著者、カザフ留学経験者)
   ・有光 健(シベリア抑留支援・記録センター)
   司会 富田 武(成蹊大学法学部教授)
主催 成蹊大学アジア太平洋研究センター
後援 法政大学日ロ関係研究所、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター、シベリア抑留研究会、シベリア抑留者支援・記録センター
問合せ先 入場無料・申し込み不要

シベリア抑留研究会は、研究者とジャーナリスト、抑留体験者及び家族により構成されている団体で、毎月一回、研究会を開催しています。長澤も所属しています。

写真展「シルクロードの日本人捕虜」のお知らせ キルギス

タムガ
イシククル湖の畔にあるタムガ村

写真展のお知らせ

中央アジアにあるキルギス共和国。東部には玄奘三蔵も記録に残しているイシククル湖という湖があります。周囲は680キロとも言われている大きな湖です。夏には、水浴びをしながらグルリと雪山を眺められる景観は人気で、カザフスタンやロシアからもバカンスを楽しむ観光客の姿を多く見かけます。

イシククル湖の北岸にあるタムガ村には、1946年から1948年にかけて、125名の日本人が捕虜として過ごしています。彼らは、村にある国防省のサナトリウムにある泥治療の診療所の建設に関わりました。

昨年(2012年)の5月、この診療所の中に日本人の捕虜か建てたことを伝える「キルギス平和センター」を設けました。日本人捕虜や日本人と働いたことのあるキルギス人の証言者、石灰作りに出向いた渓谷、周辺の風景などを紹介する写真展を開催します。また、7月30日(火)~8月10日(土)に、イシククル湖を自転車で一周しながら、日本人捕虜の建てた診療所を見学し、日本人と働いたことのある村人の話も聞きます。参加者を募集中です。

タイトル:「天山を越えて シルクロードの日本人捕虜」
日  程:2013年6月6日(木)~14日(金) 9時~18時(初日は13時より、最終日は16時まで、月曜日は休館)
会  場:国立市公民館1階ロビー(東京都国立市中1-15-1、JR国立駅南口下車徒歩5分)
入場無料
問合せ:シルクロード雑学大学 042-573-7667

イタリアのサイクリング参加者募集中 ローマからミラノ

ローマ
2012年にコロッセオへゴール

7月に計画している「ユーラシア大陸横断サイクリング」では、イタリアのローマからミラノまで、約650キロメートルを10日間で楽しむ予定です。参加者を募集中です。

ローマ街道のアウレリア街道に沿ってルートを選んで、ローマからミラノをめざします。

ローマを出発して最初にめざす港町・チヴィタヴェッキアには、サムライの銅像があります。支倉常長像(はせくら つねなが)です。仙台藩士・支倉常長は、400年前の1613年、伊達政宗の命により、遣欧使節団を率いて出発しました。1615年にチヴィタヴェッキアに上陸。ローマを訪れ、教皇パウロ5世との謁見を果たします。わたしたちと反対方向に進んでいます。

支倉常長をリーダーとした慶長遣欧使節に関しては、宮城県を中心にして購読されている河北新報が「潮路はるかに 慶長遣欧使節船出帆400年」と題した記事を連載しています。

また、ジェノバからミラノへのルートは、九州のキリシタン大名の任によりヨーロッパへ派遣された天正少年遣欧使節団の通ったルートでもあります。

参加者は9名で、男性6名、女性が3名。参加者の年齢は、59歳から73歳。自転車は日本から持参します。女性の1名は自転車を持参しないで、バスからの風景を楽しみにしています。参加者を募集中です。

小さな町や村では、ワイナリー民宿や農家民宿で、地元の人々の暮らしに触れる計画です。。

日程:7月9日から7月26日の18日間
参加費:52万円(他に事務経費2万円、燃料チャージなど)
食事は、なるべく地元の人と同じメニューを楽しむ予定。
サイクリング中、荷物は伴走のバスが運びます。

詳しくは、シルクロード雑学大学のホームページを見てください。

今後、国内でも慶長遣欧の足跡を巡り仙台から月の浦港、天正少年慶応使節の足跡を求めて九州各地をサイクリングしたいと願っています。

朝日新聞で紹介された記事、電子版でも読めます

4月11日に朝日新聞朝刊多摩版と東京版で紹介された記事「シルクロード、自転車で走破 20年かけて1万5千キロ」というタイトルの記事は、今でも電子版で読むことができる。カラー写真4点も紹介されているので、電子版でも読んでほしい。

シルクロード・サイクリングのビデオ

1993年にスタートした「ツール・ド・シルクロード20年計画」は、これまでに3回、BS局の番組で紹介されている。

シクロチャンネルのサイトで、いつでもビデオを見ることができる。インタビューに答えて、「ツール・ド・シルクロード20年計画」の基本的な考え方も話しているので、シルクロード雑学大学に参加を希望している方にはぜひとも見てほしい。ヘルメットの着用を義務付けていること、服装なども走行シーンを見れば理解が早いでしょう。

1993年にスタートした時は、NHKのニュース番組でも取り上げられた。帰国後、タレントの欽ちゃんの司会するNHKの番組には、参加者みんなで出演した。そのときの主人公は、最高齢で68歳の男性の参加者だった。ローマに到着した昨年(2012年)の参加者の平均年齢は、約67歳。定年後も元気で自分の時間を楽しむ時代になったのだろ。探せば、どこかにこの番組の写真やビデオがあるのだろう。

探して、ビデオテープをCDにしよう。

キルギスの日本人捕虜の家族と会う  山梨県小淵沢

小淵沢
キルギスで捕虜生活を送った輿水さん

5月1日は、山梨県の小淵沢へ行った。

2006年に中国のカシュガルからキルギス共和国へと天山山脈ペダル越えにチャレンジする準備段階で「天山の小さな国 キルギス」と題した本を読んで、中央アジアのキルギスに日本人捕虜に関する言い伝えがあることを知った。事前に、著者の三井勝雄さんを招いて講演をしてもらった。

キルギスの東部にあるイシククル湖の畔にあるタムガ村に、日本人捕虜が建てたと伝えられている建物があり、イシククル湖の周辺では日本人捕虜に関する言い伝えが多いと話してくれた。

しかし、厚生労働省の見解では、キルギス共和国に日本人捕虜が収容されたラーゲリの記録はない。墓地もない。当事者である元日本兵による証言も手記もない。キルギス共和国に元日本兵が収容されたラーゲリはないことになっていた。

三井さんは、講演の最後に「日本人の証言がほしい」と結んだと記憶している。そして、聞けば、著書をキルギスの証言者に届けていないことがわかった。

2006年にキルギス共和国でのサイクリングは、カシュガルから天山山脈を自転車で越えて、イシククル湖の西の端にあるバリクチへ、さらにバリクチからイシククル湖を一周する計画だった。途中でタムガ村に立ち寄り、三井さんの取材に応じた村人に「天山の小さな国 キルギス」を届ける。そして日本人捕虜に関する証言を確認することにした。

2007年には、玄奘三蔵が天山山脈を越えたペデル峠からタムガまでのサイクリングを計画した。すると、9月10日の夕方、携帯電話が鳴った。読売新聞の東京版で「日本人捕虜の証言を求めるサイクリング」の参加者募集の記事が掲載された。記事を読んだ「キルギスで捕虜として過ごした元日本兵」からの電話だった。翌日、キルギスへ出発なので、帰国後にこちらから電話することにした。

こうして、キルギスで捕虜として過ごした元日本兵の取材が始まった。125名の捕虜がいたが、東京都、新潟県、長崎県、兵庫県で証言を記録し、大阪府と北海道では電話で話すことができた。

捕虜の名簿を持っているが、山梨県内の住所は3名。毎日新聞の記者が、1名の子供と連絡を取り、私の取材をセッティングしてくれた。

お会いしたのは輿水さんと言う女性で、68歳。昭和19年3月に満州で生まれ、3ヵ月後に母と二人で帰国。その後、父は満州で徴兵され、敗戦で捕虜となる。捕虜となった父が母娘と再会したのは、昭和23年夏。生まれたばかりの娘は、4歳になっていた。

ところが、娘には父の記憶がない。さらに父が買ってくれた帽子を気に入らず放り投げた時に頬をぶたれた。そんなことから、父が亡くなるまで馴染めなかった。父と娘が一緒に過ごしたのは14年に満たなかった。

取材といっても、タムガ村で捕虜がどのように過ごしたのか伝え、これまでの新聞記事などの資料と写真50枚を渡すのが私の役割だった。輿水さんは、涙を流しながら話しを聞いていた。

別れ際に「シベリア抑留と言うと寒さが厳しくて、苦労したのではと思っていました。125名の捕虜が全員帰国したと聞いて、それほど厳しいところでなかったと分かり、安心しました」と涙をぬぐった。

家族の元に返ったときの輿水さんのお父さんは、とてもにこやかだ。家族と一緒に平穏な暮らしに戻った。喜びに満ちた表情だ。父と娘の遅い雪解けだった。緑豊かで遠くに雪山の見える小淵沢の風景は、タムガの風景にとても似ていた。輿水さんの父は、ラーゲリで雪山をどんな気持ちで眺めていたのだろうか。

タムガ村で捕虜として過ごした元日本兵は、125名。100名の名簿を持っている。連絡の取れていない約90名に、彼らが建てた建物は、今も診療所として利用されている。村の雇用の中心とも言え、村人はとても感謝していることを伝える旅が始まる。自転車で巡ろう。

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