2013-12

天水会。戦後、中国の鉄道工事に従事した日本人との出逢い

天水会
天水の桜花園にある記念碑

12月27日、友人の引越し祝いの席で、思いがけない出会いがあった。

お正月のようなにぎやかな昼食の後、「ツール・ドシルクロード20年計画」で見聞した中国の西安からウズベキスタンのサマルカンドまでのスライドショーを行った。以前、雲南懇話会向けに作っていたので、そのまま見てもらった。

この時に、キルギスで2年間捕虜として過ごした125名の日本人、ウズベキスタンに住む朝鮮族として育てられジャズドラマーとして活躍した日本人、つまり戦争に翻弄された庶民のことを話した。もうひとつ、中国の天水で1950年から2年間鉄道工事に従事した日本人技術者集団のことを話した。すると、30歳ほどの男性が反応した。

どうしてこんなに若い人が、天水会のことを知っているのか。

中国は、戦後の復興のために鉄道の整備も重視していた。目をつけたのは、満鉄の技術者だった。

中国の要請に応じた鉄道技術者とその家族約800名が、天水(西安の西約400キロ。杜甫がここで多くの漢詩を読んだ)に移住し、天水と蘭州を結ぶ鉄道の施設工事に従事した。

子どもたちは、鉄路子弟学校で中国人の子供たちと一緒に学んでいた。

「ツール・ドシルクロード20年計画」の一回目、1993年に西安をスタートし天水で1日休養、そして蘭州へ向かった。17名が参加したが、55歳の女性が天水での休養日をとても楽しみにしていた。中国語の会話もできた。彼女は幼いころ、鉄路子弟学校で中国人と一緒に学んでいたのだ。

2年間を天水で過ごした鉄道技術者と家族は、帰国後、天水会という集まりで交流していた。天水での様子を振り返って、冊子にまとめてもいた。この冊子を読みたいと思い、満鉄会に電話をしたら、引っ越しの際に紛失したとのことだった。1993年に「ツール・ドシルクロード20年計画」に参加した女性は、5年ほど前に亡くなっていた。天水会も3年ほど前に解散した。

何とかして天水での日本人の様子を知りたいと思っていたのだった。

12月27日に友人のお宅で出会った男性は、祖父母が天水会に入っていたのだという。しかし、天水会がどういうグループかよく知らないようだった。

持参していたパソコンに、今年西安をスタートした「ツール・ドシルクロード10年計画」第1回遠征で撮った写真があり、天水会の記念碑の写真もあった。男性にデータで渡した。
「お正月に会うので、祖母にいお土産ができました」と喜んでもらえた。

来年は、天水会の方たちに会って、歴史の一面に光を当てたいと願っている。
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キルギスのナチュラル手作り石鹸


キルギスのナチュラルハーブ石鹸

昨日(12月27日)、友人の引越し祝いに牛久へ行ってきた。家から女化神社の見える家は、古い農家。家も広いし庭も広い。かなり本棚を並べられそうだ。ついつい団地住まいと比べてしまった。

友人は、20年ほど前にタクラマカン砂漠のあたりをラクダで旅行した仲間だが児童文学の作家。だから、野菜や草花に触れる中で、新しい作品のヒントも得ているのだろう。

引っ越し祝いで出かけたのだが、わたしは手ぶらだった。知り合いが5名ほど料理を持ち寄って集まり、友人の次女が4種類のピザを焼いて大活躍。美味しかった。満腹になった。美味しい手料理があふれるようにテーブルを占め、10人ほどの大人と子供が囲む様子は、一足先にお正月が来たような雰囲気だ。にぎやかで楽しい時間を過ごすことができた。

今年7月にキルギスへ行ったときに、お土産用に石鹸を買っていたので、一緒にテーブルを囲んでいた人たちに使ってもらうことにした。

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受け取ってもらった石鹸は、青年海外協力隊のボランティアがキルギスの農村の女性の自立のために指導してできたもの。杏の種の仁を搾ったオイルで手作りしたアプリコット石鹸、それにカレンデュラの抽出液を加えたカレンデュラ石鹸の2種類を受け取ってもらった。

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原材料と効用はこちらに紹介している。

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手作り石鹸の製作工程もパンフレットで紹介している。

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石鹸を作っている人は主に主婦。

杏の種は、小学生が拾ってきたのは1キログラム10円くらいで買っているようだ。子どもは石など拾うのが大好き。遊びながらのお手伝いだろうか。

12月26日シベリア抑留最後の復員船から57年


参議院議員会館の12階から見る国会議事堂

1956年12月26日、シベリア抑留者を乗せた最後の船が舞鶴に戻った。最後のシベリア抑留者の復員の日なのだ。

そこで、参議院議員会館で映画「わたしはシベリアの捕虜だった」の上映会があった。出席者の多くは、シベリア抑留を体験した90歳前後のおじいちゃんたちだった。国会議員も自民党、民主党、共産党から参加があった。

シベリア特措法制定3年目を迎え、高齢化するシベリア抑留者の体験は社会に共有化されているのか、当事者からも疑問の声が上がった。

元教員の発言は「今や子どもたちのおばあちゃんやおじいちゃんも戦争の体験がない。家族の中で戦争の体験を話せる人がいない。先生も戦争の体験がない。こういう中で戦争の体験を子どもたちに伝えるのはかなり困難」

とのことだった。そう言われればその通り。

総務省、厚生労働省、外務省もシベリア抑留問題に関する資料の開示や調査には消極的。

もうすぐ戦後70年を迎えるが、日本人は戦争から何を学んだのか。忘却だけか。
ただただ

梅里雪山の旅の報告会


遺品回収の報告をする山岳写真家の小林尚礼氏

12月23日(月・祝)14時より、「梅里雪山の旅の報告会」が行われた。会場はJICA地球ひろば。

1991年1月3日、日中合同梅里雪山第二次学術登山隊が遭難した。17名の行方が分からなくなった。日本側のメンバーは京都大学学士山岳会により構成されていた。

山岳写真家の小林尚礼氏は、京都大学学士山岳会の理事を務めているが、現在まで捜索活動を続けている。捜索の経緯と様子は、「梅里雪山 十七人の友を探して」(山と渓谷社発行)で詳しく紹介されている。

捜索の現場に立ち、取り組みの困難さや地元の人に聖山と受け止めている梅里雪山を体験したいと思っていたが、今年の10月25日から11月4日の日程で、小林尚礼氏の案内する旅に15名が参加した。11月4日以降も小林氏は現地に残り、未だに手がかりのない最後の一人の捜索を行った。これらの報告会だった。

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参加者による報告の様子

旅の様子などを報告したのは7名の参加者。中にはビデオで報告する参加者もいた。これまでのヒマラヤの旅で食べた料理で風土や観光化などを紹介する人もいた。あるいは撮影した写真をモノクロのプリント50枚ほどで見せてくれた参加者もいた。一つの旅であるが、多様な視点での報告は、聞きに来た人を飽きさせることがなかった。

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ビデオで報告した参加者

最後に、小林氏から捜索の様子と収集した遺品の紹介があったら。fixロープ、テントマット、雪ノコ、スノーバーなど登山用具、大腿骨も収集されていることが報告された。最後の1名の確認につながればいいのだが。

また、小林氏からは今後の取り組みとして、「カワカブ会」として継続してヒマラヤ・チベットの自然と聖地に関する情報を発信して、共に学んでいきたいと話した。取り組みの一環として、来年4月には梅里雪山への旅、6月にはカイラス巡礼の旅を計画していると発表した。早速、参加を希望する人たちから意思表示があった。わたしもカイラスを巡礼の旅に参加する予定だ。

17時40分ころからは、居酒屋に席を移してコミュニケーションを楽しんだ。

「梅里雪山の旅の報告会」のお知らせ

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明日・12月23日(月・祝)に開催される「梅里雪山の旅の報告会」が毎日新聞東京版と多摩版で紹介された。

報告会の日時と会場は下記の通りです。
日時: 12月23日(月) 午後2時から (2~3時間の予定)
場所: JICA地球ひろば 600号室 (市ヶ谷駅より歩10分)
http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html
会費: 500円

また、プログラムは、下記の通りです。
------------------------------------
■第1部 「旅の報告」
 ・旅の日程について (小林) 15分
 ・参加者からの報告 60分~90分  
■第2部 「梅里雪山の活動」
 ・遺体収集の報告 20分 
 ・来年のツアー、カワカブ会(仮称)について 20分
■質疑応答 20分
 (4時半頃に終了予定、最長5時頃まで)
------------------------------------

「参加者からの報告」では、次の8名の方にご発表をお願いすることにしました。

ぶらりと立ち寄っていただければ幸いです。

「タムガ村600日」、出版社から発行が決まる

タムガ

以前、紹介したシベリア抑留体験の手記「タムガ村600日」。自費出版で300部発行したが、12月8日の朝日新聞東京版に紹介され、問い合わせは100件以上、本の注文65冊となった。

シベリア抑留と表現されるが、手記の著者である宮野泰さんが捕虜として過ごしたのは、中央アジアのキルギス共和国だった。

手記は、新潟日報社の関連会社である新潟日報事業社に依頼していた。

外務省中央アジアコーカサス室、公立図書館、学校図書館からも注文があることを伝えて交渉した結果、新潟日報事業社から発行してもらえることになった。

協力をありがとうございます。

マスコミ関係者の皆さん、引き続き協力をお願いします。

赤澤東洋さん「カナダ自転車横断ひとり旅 71歳の挑戦」を語る


旅の様子を語る赤澤東洋さん


昨日(12月15日)は、JICA地球ひろばでシルクロード雑学大学の定例会。15時から17時の講座では、会員の赤澤東洋さんが、今年、自転車でカナダを横断した体験をレポートしてくれた。

時には平原で雷に襲われ、トラックから水しぶきをかけられたりと、厳しい時もあったようだ。

しかし、多くのサイクリストや旅人との出逢い、地元の人の親切に恵まれた。そして71歳の可能性を広げる旅だった。

最後の質問で「今後の挑戦」を問われて、

「81歳でもう一度挑戦したい」との赤澤さんの応えに、会場は沸いた。夢に向かって進んでほしい。

定例会の後、望年会もにぎやかだった。

同じテーブルに着いた仲間たちに、来年の望みを「古代道路の東山道の走破」と話した。

日本国内でも、「歴史の道」を利用した、心身を働かせるサイクリングを提案していきたい。

講演「カナダ自転車横断ひとり旅 71歳の挑戦」


トップは、アルメニアを走る赤澤東洋さん

講演会のお知らせ

シルクロード雑学大学の71歳の会員が、カナダを走った体験を話します。

12月15日15時より17時まで

タイトル「カナダ自転車横断ひとり旅 71歳の挑戦」
講師:赤沢東洋(あかざわ はるみ、シルクロード雑学大学会員)
会場:JICA地球ひろば600号室
参加費:一般1000円、学生500円

主催・問い合わせシルクロード雑学大学 電話042-573-7667 携帯090-1769-6641

予約は不要です。直性会場に来てください。

「タムガ村600日」朝日新聞電子版でも紹介

「タムガ村600日」を紹介した朝日新聞の記事が、電子版でも読めるようになりました。

予約された部数は約90冊。外務省、本の取り次ぎ会社、沖縄県の書店などから注文がありました。

ありがとうございます。

キルギス抑留の体験を出版

タムガ新聞

12月8日(日)の朝日新聞朝刊東京版で、キルギスで2年あまり捕虜として過ごした宮野泰さんの本が紹介された。

そんなことで昨日は留守番電話に代わって、電話の前で留守番をした。

問い合わせは50件ほど。在庫の12冊を完売し、20冊ほどの注文を受けた。

問い合わせ者は、シベリア抑留や現代史の研究者、引き揚げ体験者、シベリア抑留者が家族にいる方、図書館など。若い人からの問い合わせはなかった。キルギスでは、南部のオッシュやバトケン、ジャララバードにも日本人の捕虜がいたとの情報がある。1日も早く調査に行きたいと思っている。

札幌の研究者からの注文もあり、ネットワークの広さに感心することもあった。

FM江戸川という局からは、12月19日の生番組の出演依頼があった。また、この番組では1月にキルギスから東京芸術大学の博士課程に留学している、キルギスの民族楽器コムズ演奏者のカリマンさんの出演を予定しているとのこと。

カリマンさんとは、しばらく会っていないが、元気で活躍している様子がわかったのはよかった。

キルギスのことは日本人にあまり知られていない。ヨーロッパの人は登山やハイキング、サイクリング、スキーなど、キルギスの自然を楽しんでいるツアー客をよく見かける。日本人にキルギスの自然の魅力を伝えたいとも思っている。

古代道路サイクリング 群馬県とシルクロードそしてD51


高崎駅でD51と遭遇

12月1日(日曜日)朝7時前に家を出て友人と二人で西国分寺から新前橋へ向かった。高崎駅で乗り換えの際に、同じホームに蒸気機関車が停車していた。先を急ぐことなく、ホームから蒸気機関車を見送ることにした。

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運転席の中で働く人たち

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10時20分ころに新前橋駅に到着

今回のサイクリングの目的は、「日本絹の里」で開催している特別展「世界につながる日本のシルクロード」を見て、上野国分寺遺跡に寄り、約1300年前の「東山道」という古代道路の遺跡を結ぶ40キロほどのサイクリングを予定した。

「古代の道」(武部健一著、吉川弘文社)、「古代のみち たんけん 東山道駅路」などで調べて準備した。

まずは新前橋駅から「日本絹の里」をめざす。だが、GPSでも2万5千分の1の地図でもどこにあるのか不明。駅前に観光案内所があり、観光地図がすぐに手に入るとの思いこみで準備不足を痛感。それに新前橋駅には、観光案内所がなかったのだ。

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日本シルクの里の入口

それでも、GPSの案内で遠回りをしながらも12時半ころに「日本絹の里」に到着。天候に恵まれて暑かった。フリースとゴアを着ていたこともあり、汗まみれになった。まずは、国内外のシルクロードを確かめるべく入館。

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まずはシルクロードを確認

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次に日本のシルクロードを拝見

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自転車と縁のある片倉工業の商標も紹介されていた。

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上野国分寺遺跡

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七重の党の開設と復元された基壇

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礎石の中には、柱の大きさがわかる見事な礎石もあった。レプリカだと思われる。

「日本絹の里」を出て途中で昼食とし、上野国分寺の遺跡に向かった。とっても楽ちん。下り坂が続いていたのだ。午前中の走行で汗をかいたのは、緩やかな上り坂も原因だと気付いた。上野国分寺の遺跡には、発掘した瓦などを展示した建物があり、担当者が説明してくれた。持ち帰ってもいい陶片が、プラスチックのケースにたくさんあった。遺跡を歩いた。陶片は、あちこちに落ちていた。

ここからは、古代道路の東山道の遺跡を結んで太田市内にある東山道公園をめざし、熊谷まで南下の予定だ。ところが、GPSに従って走ったら高崎に向かっていたり、なんだかんあだと時間だけが過ぎてしまった。

日没が早い季節なので、前橋駅の観光案内で資料をもらい、次回の走行に備えることにした。準備不足の反省会を兼ねて駅前でお酒を飲むことになる。帰宅は24時近かった。

目的には程遠いサイクリングだったが、反省を次回のサイクリングに生かし、世界とつながる国内の各地を古代道路を巡利ながら確かめたいと強く願った。

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