2014-01

東京FMで「ツール・ドシルクロード20年計画」の魅力をアピール


写真展の様子

1月28日に始まった写真展、ブログで紹介したのは打ち上げだけだった。

反省し、展示の様子を紹介します。

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展示しているのは50点ほど。自分のプリンターでプリントしているので、それなりのできです。

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今年の遠征の資料を会場で配布しています。

尚、1月31日の7時20分から東京FMに6分だけ出演します。「中西哲生のクロノス」というコーナーで、「ツール・ドシルクロード20年計画」の魅力を語り、現在開催中の写真展と2月2日のスライドショーをPRする予定です。
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写真展「自転車紀行 ローマ街道を巡る」開催


国立駅近くの「うなちゃん」

1月28日、国立市公民会で開催スタートの写真展「自転車紀行 ローマ街道」の準備を10時から始めた。

4人で準備を始めたが、近隣に住む会員が10名ほど集まって、あっという間に展示は終わった。お昼は、ネパール料理店でカレーを5人で食べに行った。お店が混雑していて、ランチについているドリンクもサラダもスープも届かない。レジで「人が一人少ないしお客さんが多いから200円値引き」とのこと。ここは日本じゃなかったと笑った。また、行ってみよう。

展示お手伝いのメンバーは、食事を終えると解散。その後、お手伝いに来た会員の吉川さんと5時近くまで留守番。ありがとうございます。2月2日のスライドショーを希望する方が数名いた。
スライドショーは、30名の定員だが、40名まで受け付けてOKと公民館の承諾を得た。

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国立駅近くの「うなちゃん」へ打ち上げに行くと言うと、吉川さんは「ウナギだけ」と疑問形。

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5時前だというのにお店は満席。2階へ上る。女将さんの「おまかせでいいわね」の言葉に、「おまかせ」と返信。

美味しいウナギだった。ビールだった。日本酒だった。

18時30分ころ2階から降りると、満席だった1階はスカスカ。吉川さん、打ち上げに参加ありがとうございました。また、行きましょうね、「うなちゃん」へ。

「チベット高原横断サイクリングとカイラス」植村直己賞受賞サイクリスト安東浩正さんの講演


チベット高原を自転車旅行中の安東浩正さん

講演会のお知らせです。

タイトル:『チベット高原横断サイクリングとカイラス巡礼』

講師:安東浩正(あんどう ひろまさ、冒険家、日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)

日時:2月11日(火・祝)15時から17時

会場:JICA地球ひろば 600号室

講師プロフィール:1970年広島県生まれ。鳥取大学山岳部OB。雲南大学留学体験がある。冬季のチベット高原を自転車で単独走破、冬季シベリア横断自転車ツーリングにより2003年に第8回植村直己冒険賞を受賞。著書に「チベットの白き道」がある。藤沢市在住。ホームページは「荒野のサイクリスト」

参加費:一般1000円、学生500円

備考:誰でも参加できます。参加申し込みは不要です。直接会場に来てください。

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安東さんの著書



マホガニー製の自転車を、これからも生産か


佐野造船所のコーナー

「HANDMAID BICYCLE FAIR 2014」に行った。科学技術館の会場へ到着したが、座談会の会場が分からず会場を後にした。途中で、「サイクルスポーツ」の前の編集長・宮内さんにばったり。再び会場へ行くことになった。

講座の会場はすぐに分かった。先ほどは、案内の看板の前に数名がいたので見えなかったのだ。木の自転車を作っている佐野送船所の佐野さんの話を聞きたかったが、半分ほど時間が過ぎているので失礼と思い、ブースで留守番をしている奥様に話を聞くことにした。

わたしの関心は、今でも木製のヨットを作っているのか。30年ほど前にインタビューした際、材料のマホガニーが乱伐で入手が困難と話していたので、多くの材料を必要とするマホガニー製のヨットを、今でも作っているのか。この点にあった。

奥様の話では、ヨットの依頼があったが、引き受けなかったという。一つは、長年、重い材木を扱っていて関節を痛めている点。そして、ワシントン条約で規制され、今後、マホガニー材が入手できなくなったのも理由と言う。

ヨットの受注を受ければ、材料は無くなってしまう。船と比べれば自転車は、それほど多くの材料を必要としない。長く仕事を続けられるという。マホガニー製の自転車は、1台220万円。購入できる身分になってみたいものだ。

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「中央アジアの子どもたちの絵」を見るために、国立新美術館へ行った。タジキスタンの子供の絵の中では、草原で草をはむ羊の群れが印象的だった。

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ニヤゾフ前大統領が多くのサラブレッドを持っていたトルクメニスタンの子供たちの絵、空飛ぶ馬が印象的。2002年に競馬場を訪れたことを思い出した。この絵を描いた子供は、将来、大統領になりそうだ。

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ウズベキスタンの子供の絵には、顔を描いた太陽があった。サマルカンドの子供だろうか。

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カザフスタンはこの通り。手にしているのはコーランであろうか。

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山の多いキルギスの子供たちは、暖かい南国にあこがれているように絵から感じる。。

写真展「自転車紀行 ローマ街道を巡る」のお知らせ


写真展を紹介する読売新聞の記事

1月28日(火)から2月2日(日)の日程で開催する写真展を、読売新聞でも紹介してくれた。感謝です。展示する写真は、昨年の7月にローマからミラノまでサイクリングした時に撮影したものです。参加者の協力を得て展示します。展示数は50枚くらいです。

会場は国立市公民館のロビーです。長澤は、10時から17時くらいまで会場にいる予定です。公民館は22時まで開いているので、立川や八王子方面から都心に通勤している方は、途中下車して写真を見ることもできます。入場無料です。

2月2日(日)11時から13時には、330枚の写真を使って中国の西安からウズベキスタンのサマルカンドまで、自転車旅行で出会った人々や暮らしぶり、訪ねた遺跡などをトークを交えて紹介します。こちらは参加費500円。

よろしくお願いします。

朝鮮人として育てられたタシケントの日本人


タシケントで朝鮮族として育てられた日本人(左から二人目)

2002年、「ツール・ド・シルクロード20年計画」では、ウズベキスタンのブハラからトルクメニスタンのマリーまでの自転車旅行だった。

前年の12月に地球と話す会を退会し、「ツール・ド・シルクロード20年計画」をシルクロード雑学大学(歴史探検隊)の取り組みとして継続することにした。シルクロード雑学大学としての最初の海外自転車旅行だった。

参加者は2名なので、法政大学の大学院で学んでいる渡辺信という学生を連れていった。彼は、父親がモスクワの日本人学校で教えた関係で、小学生時代をモスクワで過ごしている。また、アイスホッケーのクラブチームに所属していた。そんなことで、ロシア語会話に不自由はない。タシケントの大学への留学経験もあった。

トルクメニスタンのビザが発給されるまでタシケントに滞在しなければならなかった。この時間を利用して渡辺君は、郊外にあるコリアンコルホーズに案内してくれた。

コリアンコルホーズで1軒の平屋の家を訪問した。出迎えてくれた老人は、「よくいらっしゃいました」と日本語で迎えてくれた。「どうしてこんなところに、日本人が一人で暮らしているのだろうか」と、好奇心がわいてきた。

わたしなどよりも丁寧な、由緒正しき日本語を話す日本人。日本から持参したビールを飲みながら、彼は身の上話を始めた。中風で半身不随だが、地域の朝鮮族の人が身の回りの世話をしていた。2回の離婚で一人暮らしだった。

彼が生まれたのはサハリンで、日本が敗戦を迎えるとロシア人に迫害されると考え、両親は朝鮮人に3人の男の子を別々に預けた。そのひとりという。

ところが、スターリンの政策により彼を預かった朝鮮人は中央アジアに移送され、タシケント郊外で開拓事業を強いられた。コリアンコルホーズが誕生した。彼は、ここでウズベキスタンの朝鮮族の子供として育てられた。

成人するとジャズドラマーとして活躍し、原信夫と♯&♭というバンドがモスクワで講演した時には共演したといい、写真を見せてくれた。北朝鮮に演奏旅行に出かけた時、サハリンで別れ別れになったお兄さんと再会することができた。もう一人のお兄さんは日本にいることが分かったとも言っていた。

「日本へ帰ったら、日本にいるお兄さんを探すのを手伝ってもいいですよ」と声をかけた。断られた。北朝鮮にいるお兄さんに、悪い影響があるのを恐れている風だった。

彼のことが気になっていたが、キルギスの日本人捕虜のことでドタバタしており、タシケントまで足を延ばす機会を作れなかった。今年は、カザフスタンのアルマトイ、キルギスのタムガ、ウズベキスタンのタシケントと巡り、日本人墓地や日本人が建てた建物を見て来ようと思う。今では75歳くらいであろうか。タシケントで、コリアンコルホーズを訪ねて、無事な彼の姿を確かめたいと願っている。

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タシケントでは、タタール人の家に招かれた。ワインを飲みながら「リンゴ追分」を歌うと、

タタール人が「お前はタタール人だろう。タタールの歌をうまくうたうなあ」と言いだした。「これは日本人の美空ひばりという歌手が歌っている歌だ」と応じても「タタールの歌だ」と譲らない。夜中の1時過ぎに帰宅することにした。アパートを出ると警察に拘留された。「夜中に外国人が歌っている」というだけで、通報されたのだろう。自由の身になったのは、朝の7時30分だった。

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サマルカンドでは渡辺君の友人の結婚式に呼ばれた。飲んで踊ってご機嫌だった。司会者は、わたしたちを「日本大使館の職員」と紹介したが、半ズボン姿だった。結婚式では男女別々の席だったが、わたしたちは女性の席に案内され、じゃんじゃんお酒を勧められた。

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走ったのは2人だったが、マリーの町に入ると、地元の子供3人が加わった。急きょ、国際チームとなった。

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トルクメニスタンのアシガバードで、バザールへ買い物に出かけた。「日本人ですか」と若い女性が声をかけてきた。「そうです。自転車で旅行しています」と返事をすると、「いとこが日本に留学しています」と続けた。

車に戻り1枚の写真を彼女の前に差し出した。「トルクメニスタンから日本へ留学している人は、彼一人だけです」と説明した。「従兄です。彼のお姉さんを連れてくるからここで待っていてください」と言うとすぐに駆けだした。

すぐにお姉さんが来た。写真を渡した。
「今日の夕食は、わたしの家で一緒に食べましょう」と招待された。しかし、ニヤゾフ大統領が、個人崇拝の独裁体制にあるトルクメニスタンだ。彼女たちに迷惑をかけてはいけないので、丁寧に断った。

わたしは、学生時代に少しだけロシア語を学んでいたことがあり、ソ連崩壊後にロシア語圏からの留学生同士のネットワークづくりに取り組んでいた団体に所属していた。トルクメニスタンへ自転車旅行に出かける前に、トルクメニスタンから慶応大学に留学している学生と会い、写真を撮らせてもらった。

トルクメニスタンから日本へ留学しているのは、高級官僚の子弟だろう。何かトラブルがあった時にこの写真を使おう、と思って持ち歩いていたのだった。

アルメニアの人たちとの懇談を楽しむ


新春パーティーの様子

昨日(1月19日)は、日本アルメニア友好協会の新春パーティーに出席した。年に一回の在日アルメニア人との顔合わせ。

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カメラを向けるとちょっとしたポーズをとる留学生

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スピーチを求められたので、①自転車で走っていたら目の前を小鹿が横断した。自然の豊かさを実感した。②厳しいアップダウンを繰り返した山間部の集落のお店でおばさんからアイスクリームをごちそうになった。おもてなしの文化の豊かさ。③アララト山を見ながらエレバンへの長い下り坂で養殖の池にコウノトリが舞い降りて魚をついばんでいても、コウノトリを追い払うことがない。自然との共存、心の豊かさ。3つの豊かさに触れたと話した。

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ワインを飲みながら懇談し、いつしかトルコとの国境が開くとの話はどうなったのか、紛争とその後の和平の話になった。

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国家、民族、言語、宗教の違いを越えて、自由に旅のできる社会を求めて、まだまだペダルを踏み続けたい。

ウズベク人の友人と9年ぶりの再会


Muhsinova(右端)と友人たち

日本プレスセンターで開催された日本ウズベキスタン協会の新年会に参加した。

最初についたテーブルには、早大で教えている毛利さんがいた。明日、日本アルメニア協会の新春パーティーでも顔を会わせるので、他のテーブルに移動した。

あらら、以前、ペルシャ語講座で一緒だったウズベク人のMuhsinovaさんとバッタリ。

「久しぶりだね。何年ぶりかな」と聞くと、彼女は9年ぶりだとはっきり答えた。日本人と結婚して日本に来たばかりのときで、1番目の子供がいなかった。子どもはいま1年生だとのこと。だから9年ぶりだというのだ。

ウズベキスタンの南部にあるサマルカンドやブハラは、ペルシャ語圏だ。タジキスタンやアフガニスタンと同じ。だから、ペルシャ系のウズベク人で、おばあさんはペルシャ語を話せたようだ。自分のルーツへの関心から彼女はペルシャ語を学んでいたのだった。

わたしは、トルクメニスタンからイランへと「ツール・ド・シルクロード20年計画」は進むので、簡単な挨拶くらいは覚えたいと思って、ペルシャ語講座を受講していたのだった。

Muhsinovaさんは、サマルカンド外国語大学で日本語を学んでいた。恩師は、胡口靖夫さんという、わたしの古くからの友達だった。胡口さんは、高校の教師をしていたが、定年退職後にボランティアでサマルカンド外国語大学で教えていたのだ。その教え子のひとりが、Muhsinovaさんだったのだ。そんなつながりがあるのは、先日FBで彼女とお友達になってから知った。

Muhsinovaさんの周りには、大学の同級生が集まってきた。若い女性ばかり。東京外国語大学でウズベク語を教えていたり、日本人と結婚したり、留学中であったりと日本に暮らしている理由は様々だ。

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まん中の子は、長姉の長女とそっくり。初めは和服を着ていたが、日本人だと思っていた。着替えて初めてウズベク人とわかった。

2002年にサマルカンドで結婚式に招待されて、飲んで踊った話をした。花嫁はJICAに勤めていて、旦那さんはイギリス留学帰り、といったら、Muhsinovaさんが、「その人は大学の先輩です」とのこと。

わたしたちは、サイクリングの途中だったので半ズボンで結婚式に出席したが、「日本大使館の職員と紹介されたので、踊りもやったよ」と話すと笑いがもれた。

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新年会には、アッキーも来ていた。脱原発に関しては、外でも言われているので、家庭内野党はあまり言わないようにしていると話していた。右側は駐日ウズベキスタン大使。小学生のころから柔道を習っていたという。

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考古学者の加藤九祚(きゅうぞう)先生も来ていた。92歳になったと言う。

加藤先生に「『ツール・ド・シルクロード20年計画』はローマにゴールしました」と報告すると、「新聞で読んで知っているよ。20年もよく頑張ったねえ」とねぎらってくれた。ウズベキスタンのカラテパでの発掘作業は、今でも続いており、加藤先生も毎年出かけているという。「先生も頑張っていますね」と声をかけると、「ありがとう」と返ってきた。

5年ほど前に、カラテパから友好の橋を渡って、アフガニスタンに入り、バーミヤンをめざすサイクリングを試みようと、加藤先生と二人で話しあったことがある。その直後に、内戦が激しくなり中止したことがあった。加藤先生は高校生の時に自転車で九州を旅行したことがあると、昔話に耳を傾けたこともあったという。

シベリアに抑留されて鉄道工事に従事させられた体験を持つ加藤先生は、「スターリンのもとに留学した」と抑留をプラスに受け止めてロシア語を勉強し、ロシア語の考古学文献の翻訳などに力を入れていた。どんな状況もプラスに受け止めて前進する加藤先生の生き方に習いたい。

帰り際、Muhsinovaさんが今度自宅へ遊びに来てください、と誘ってくれた。タシケントのコリアンコルホーズの日本人のことも、タシケント出身の在日ウズベク人に来てくれるとのこと。昨年暮れの天水会、今年のコリアンコルホーズと、うれしい出会いが続いている。

マホガニー製の自転車の美


マホガニー製の自転車

日本科学未来館で開催中の「THE 世界一展 極める日本! モノづくり」という展示会に出かけた。14時過ぎに市ヶ谷にある旅行会社との打ち合わせ。17時から小岩にあるFMえどがわに出演する。せっかく都心に出るのだからと、国立を10時30分に出て、都心へへ向かった。

昨日の新聞の夕刊に「SANOMAGIC『マホガニーバイク』」と紹介していた。「製作者は、木造船を製作する技術者、佐野末四郎さん」とも書いていた。

昭和の末に江東区牡丹にある佐野造船所を取材し、木製のヨットのことを記事にしたことがあった。わたしが、まだまだ駆けだしのライターだった頃のことだった。

それで、都心へでるついでならと、昼前から出かけたのだった。

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素晴らしいバイクだった。曲線もいい。色つやもいい。

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ハンドル部分は、あえて直線ではなく、曲線で表現したのだろう。

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細かなところまで、木にこだわっていた。技術者らしい、いい根性だ。

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すばらしい、美しい、「MAGIC」との表現がよく似合う。

他にもこんな展示があった。
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このロボットは、近づくと顔をあげてくれたりと愛嬌抜群だった。

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アルミ製のバイオリン

このバイオリンは、アルミを打ち出して製作している。糸巻きなどもアルミ製。曲線の連続でできているバイオリンが、周囲の光景を湾曲して見せてくれる。移動すると光景も変化するのも面白かった。

今日は、時間の都合で駆け足で会場を回ったが、もう一度、じっくりと見に出かけたい。

朝日新聞でスライドショー「自転車紀行 シルクロードで出会った歴史と笑顔」紹介




今日(1月16日)の朝日新聞朝刊の多摩版で、1月28日から始まる写真展と2月2日に行うスライドショーを紹介している。

多くの人にサイクリングと歴史の舞台を組み合わせて、ライフワークのある人生を楽しんでほしい。

「遊びをせんとや生まれけん」は、大人にも言えると受けとめている。

キルギス抑留の取材に同行し新潟県へ


キルギス共和国のタムガ村で捕虜として2年間を過ごした宮野泰さん

1月13日(月)、9時12分の新幹線に乗って新潟駅へ、そして新潟県新発田市に向かった。

群馬県までは快晴で、新幹線からも富士山がよく見えた。だが、トンネルの向こうは銀世界だった。

中央アジアにあるキルギス共和国の東部に周囲680キロ、琵琶湖の9倍の面積を持つイシククル湖がある。湖の南岸にあるタムガ村に、1946年から1948年まで捕虜として過ごした宮野泰さんをある通信社の記者がインタビューするというので、同行したのだった。

わたしにも、どうしても確認したいことが1点あった。

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JR新発田駅前のロータリー

昼前に新発田駅に到着したが、思ったより暖かかだった。冬の新潟にしては珍しく、青空が広がっていた。駅前の食堂に入ってラーメンを頼んだが量が多い。高校生の時にサッカーの部活後、洗面器のような器に入った大盛りのラーメンを食べるのを楽しみにしていたことを思い出した。

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宮野さんの家にお邪魔するのは2回目になる。冬に訪問するのは初めてだった。久しぶりに、つららを見ることができた。屋根から切り離したつららの長さを比べるのも、子どもの頃の遊びの一つだったことも思い出した。

13時にお邪魔して、復員した元捕虜同士が交わした手紙やはがきを見せてもらったり複写したりし、その後記者によるインタビューが始まった。今回のインタビューは、捕虜体験を記した宮野さんの著書「タムガ村600日」に関連する。すでに本を読んでいるので、記者の質問も確認作業が中心となる。

記者のインタビューの後、わたしもビデオを回しながらインタビューした。

どうしても確認したかったのは、捕虜同士で天山山脈を越えて中国側に脱走する話し合いがあったのか。この1点だけだ。

わたしは、1993年に始めた「ツール・ド・シルクロード20年計画」で、トルガルト峠を通って中国側からキルギス側への峠越えに4回チャレンジし、自らの脚力による天山越えの目的を未だに果たせないでいる。

捕虜たちは、キルギス側から中国側へと自由の身になりたくて、天山越えを企てたのか。天山山脈のアプローチの方向が、全く逆である。また、捕虜が天山山脈を越えるとしたら、玄奘三蔵が越え、ロシアの探検家プルジュバルスキーも通った道を踏むことになる。こんなルートを知っていた捕虜にも関心があったのだ。

インタビューは3時30分まで続き、記者ともども日本酒1本をいただいて、5時過ぎの新幹線に飛び乗り家路についた。

電車から降りると、国立の空気の方が冷たかった。

木下滋雄さんの講演



1月12日のシルクロード雑学大学の定例会、講座の時間には、日本アドベンチャーサイクリストクラブの友人・木下滋雄さんに話していただいた。

話の内容は、昨年の8月に三人の子供と一緒にハワイをサイクリングした様子、聖書の世界を旅した様子、五大陸をサイクリングしたさわり、の3つの話題だった。

子どもたちと一緒のハワイでのサイクリングは、2年前に先立たれた奥さんに関連し、ハワイの教会へ行くのが目的だと話していた。

さて、サイクリングは、1日目に中学2年生の長男から20歳の長女までの三人の子供たちと一緒に100キロも設定。しかも1000メートルも高度を上げて、最後はダート。木下さんは、自身の能力を基準に宿泊地のある地までと1日目の目的地を選んだようだ。結果的には、最後は地元の人の車に拾われて、夕食もごちそうになったとのこと。

地元の人の親切や笑顔に出会えるのは、サイクリングの楽しみの一つだから、結果的によかったと受け止めよう。でも、30キロから40キロのところにホテルがあり、1日目の宿泊はここにすればよかったと、反省していた。

子どもたちの中には、不平を口にする子もいたというが、最後はすがすがしい顔をしていたという。正月に家族がそろったときに、また行きたいと子どもたちは話していたというから、記憶に残る家族旅行になったのだろう。仲のいい家族の話は、聞く側にとっても楽しかった。旅行の記憶を強くしたのは、トラブルだったようだ。

クリスチャンである木下さんの語る聖書の世界のサイクリングは、写真の美しさに、聖書の世界の解説が加わり、知らない世界だけに新鮮だった。岩波文庫で聖書を読み返したいと思わせた。イスラエルへ行けば、完結するようだから、再び話していただきたいものだ。

五大陸のサイクリングは、とにかく写真が素晴らしかった。次回の写真も楽しみにしている。木下さん、ありがとう。

木下さんの講演に駆けつけてくれた日本アドベンチャーサイクリストクラブの友人瀬戸啓祐さんにも感謝です。

定例会の後の新年会では、木下さん、瀬戸さんと同じテーブルになった。話題は、55歳と最年長のキックボクサー、ケイゾー松葉さんの話題となった。日本アドベンチャーサイクリストクラブの友人で、世界一周している人だ。「ケイゾー松葉の世界一周自転車旅」か。これも楽しみだ。松葉さん、よろしくお願いします。

日本アドベンチャーサイクリストクラブの新年会


日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)の新年会に集まった皆さん

昨日(1月11日)、大阪市内でJACCの新年会があり、出席した。

東京からは、自転車で世界一周した体験を持つ松葉さん、最近「自転車ロングツーリング入門」(実業の日本車)を出版したモデルの山下さん、それに今年60歳になる私の3人が出席した。

大人36名の出席者の中でわたしの知る限りで自転車で世界一周体験者は6名。2割に迫る人数だった。

また、参加者の中のクッキーさんは女性一人でシルクロードを自転車で走っている。シルクロード雑学大学で取り組んだ「ツール・ドシルクロード20年計画」でボスニア・ヘルツェゴビナを走る際に、彼女のブログを参考にしているので、このことを伝えることができたのは幸いだった。やさしい雰囲気の旦那さんと1歳4カ月の愛娘と一緒の出席はほほえましい、会場が暖かくなった。

新年会は、18時~20時の予定だった。ところが、20時5分からビンゴゲームが始まった。延長戦になったのだ。

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一等はOGKのヘルメット。うらやましい。

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わたしは五等が当たり、ソックスと帽子をいただいた。

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出席者全員が、こんなグッズをお土産としていただいた。

事務局の方々の努力と苦労に、そして心遣いに感謝してJACCの1年が始まった。

ビンゴゲームで盛り上がり、わたしは日帰りのつもりだったが、1泊して今朝、新大阪発6時の電車で帰ってきた。東京からバイクで駆けつけた山下さんは、お酒も飲まず、新年会の後再びバイクに飛び乗って、東京へ戻った。すごい行動力だ。

いろんな話が出たが、それはおいおい書いていきます。

午後からシルクロード雑学大学の定例会があります。行ってきます。

講演「マルコポーロの足跡をタジキスタンで追う旅」


中央アジアのタジキスタン、ワハン回廊の風景

講演会のお知らせです。

日時:2月9日(日)15時~17時

タイトル:「マルコポーロの足跡をタジキスタンで追う旅」

講師:本多海太郎(ほんだ かいたろう、AJ神奈川代表、中央アジア・パミール研究会会員)

内容:2005年から、マルコポーロの足跡を求めて中央アジアのタジキスタンに通って、どのような調査をしているのか話していただきます。また、まだまだタジキスタンを旅行した日本人が少ないのですが、タジキスタンの魅力を話していただきます。

講師プロフィール:1944年生まれ。大学で中国史を専攻。学生時代には自由には行かれなかった中国と、一度だけ行ったアフガニスタンの風景に惹かれ、そして探検記や旅行記に何度も登場するワハン渓谷にあこがれて、停年退職後はタジキスタン通いに血道をあげる。旅行のインフラは全くと言っていいほど整っていないタジキスタンを、どうやって楽しんでいるのか?

会場:JICA地球ひろば600号室

参加費:一般1000円、学生500円

問い合わせ:シルクロード雑学大学 電話042-573-7667

備考:ワハン回廊は、法顕、玄奘三蔵、高仙史、マルコポーロなどのシルクロードの旅人が通っており、記録もあります。しかし、タジキスタンは、内戦などもあり外国人が入国できませんでした。今でも観光と言う視点ではインフラが整っていません。それだけに、シルクロード好きにとっては、調査が楽しみな地域です。

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「美しすぎるロシア人コスプレイヤー」の紹介



元旦には「美しすぎるロシア人こすプレイヤー」西田祐希著(東洋書店)を読んだ。

学生時代、後半の4年間はロシア語を学んでいた。
ロシア語仲間の世界で、昨年、ちょっとした話題になった本だった。ある協会では、講師に招いて講演会も開催した。案内をいただいたが、時間の都合が合わなかった。それで、年末に買ったのだった。

著者は、大学のロシア文学科で学ぶ学生。モスクワ留学中に、ちょっとしたきっかけでコスプレコンテストに参加し、コスプレしていないのに優勝してしまった。ここから著者の留学は、ロシア語の語学留学からコスプレ留学に変わっていった。

ロシアでも日本のアニメは人気がある。そして、コスプレは独特の発展の仕方をしている様子がよくわかる1冊だった。モスクワ国立大学の日本語学科で学ぶ現役の女子大生コスプレイヤーを「透き通るような歌声はモスクワだけでなく、世界中のアニメファンを魅了している」と著者は紹介している。モスクワへ行って、コスプレコンテストを見たくなってしまった。

日本政府や日本企業がかかわっているモスクワでの日本文化フェアに、日本の伝統文化の紹介と共にロリータファッションショーも行われている、というのには驚いた。

シルクロードを自転車で旅行していても、日本のアニメの人気を感じる。ブルガリアのソフィア大学日本語学科の女子大生は、日本のアニメが好きで日本語学科に進んだという。セルビアの旅行会社社員の小学生に通う子供たちは、アニメの「NARUTO」に夢中で、『大人になったら日本へ行って忍者になるのが夢」と話してくれた。

少しは日本のアニメを知って、海外サイクリングに出かけたいと思わせた1冊でした。。

写真展「自転車紀行 ローマ街道を巡る」のお知らせ


頭に小鳥を載せて遊ぶローマの子どもたち

写真展のお知らせ

タイトル:写真展「自転車紀行 ローマ街道を巡る」

日程:1月28日(火)~2月2日(日)9時から18時(初日は13時から、最終日は16時まで)

会場:国立市公民館ロビー(東京都国立市中1-15-1、JR国立駅南口下車徒歩5分)


内容:2013年7月にイタリアのローマからミラノまで自転車で旅行した仲間による写真展です。自転車旅行で見た風景や遺跡、暮らしの様子などをお伝えします。1613年に宮城県の月浦からヨーロッパをめざした支倉常長ら慶長遣欧使節は、1615年にイタリアの港町チビタベッキアに上陸し、ローマに向かいました。このルートは約2000年前のローマ街道とほぼ重なります。今後も天正少年遣欧使節、慶長遣欧使節の足跡も調べながら、ローマ街道を自転車で巡る計画です。

入場無料

2月2日(日)11時~13時 国立市公民館の講座室でスライドショー「シルクロード 自転車旅行で出会った歴史と笑顔」を行います。1993年に中国の西安から始めた「ツール・ドシルクロード20年計画」、ウズベキスタンのサマルカンドまでの自転車旅行で出会った人々や風景を約330枚の写真でお伝えします。資料代500円。

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「路地の教室」上原善広著の紹介

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友人の上原善広さんから、新刊の案内をFBで受け取った。今日、国立市内の書店で買った。書名は「路地の教室」で「ちくまプリマー新書」から。

Amazonからも買えます。

上原さんは、「日本の路地を旅する」(文芸春秋)で2010年に第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。

友人と言っても、何年も会っていない。

出会ったのは、上原さんが「ポカラ」という雑誌の編集者だった時。車いすでオーストラリアを横断した宮崎美奈さんを紹介する文章をわたしが発表した時だった。1997年の末頃だと思う。

大阪体育大学の出身で、「ドーピングで使う薬物を自分が利用して、どんな風になるか発表したい」などと話していた。体育学部で、そんな薬物のことを学んでいるからよくわかっている、とも話していた。

それがいつの間にか、被差別者を世界各地で追い、路地を歩くようになっていた。

「路地の教室」、これからじっくり読みます。

西安からサマルカンドまで写真で紹介

昨年の末に、雲南懇話会と言う団体に請われて、「ツール・ドシルクロード20年計画」で見聞した様子を話してきた。

雲南懇話会のホームページで、その時に使用したスライドショーを見られるようになった。

1993年にスタートした「ツール・ドシルクロード20年計画」と銘打った自転車旅行は、2012年にローマに到着して達成した。

雲南懇話会のホームページでは、中国の西安からウズベキスタンのサマルカンドまでを300枚余りの写真で紹介している。

ぜひとも楽しんでほしい。

新春サイクリング 青梅七福神巡りの顛末

「お元気でいらっしゃいますか、いまでも自転車で……」との書き出しで始まる年賀状が届いた。親しくしていた女性だが、昨年は年賀状が届かなかった。『もしや……』と心配していたのだが、ホッとした。また年賀状には「昨年、卒寿を迎えました。」とある。今年は91歳か。近くに住んでいるので、今年は誕生祝いにケーキ持参でホームを訪ねると、1年の初めに誓った。

さて、昨日(1月3日)は、「新春サイクリング 青梅七福神巡り」で、国立から青梅をぐるりを巡ってきた。参加したのは50代から70代の9名。

シルクロード雑学大学が七福神巡りに取り組むのはわけがある。七福神巡りで巡拝するのは、恵比寿(日本)、大黒天(インド)、毘沙門(インド)、弁財天(インド)、福禄寿(中国)、布袋(中国)、寿老人(中国)。インドの三つの神、中国の三つの神、日本の一つの神で構成されている。仏教がシルクロードを通って日本に伝播した痕跡を残しているように感じているからだ。国際交流が活発になり平和な1年となること、健康と安全な1年を願ってペダルを踏むのだ。

9時に国立市内の多摩川河川敷グランド脇に集合、多摩川サイクリングロードを進んで羽村の堰で休憩。

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その後、少しだけいつものコースから外れると、

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民家の間の水路に水車が回っていた。

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水車の右側の建物は、民家ではなく水車小屋だった。そして、「水曜日にヨガ教室を開催中」と案内があった。水車小屋で水曜日とは、新年早々におやじギャグか。

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途中に自転車がスピード出さないように仕掛けがある。

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10時45分頃、1番目に巡拝の玉泉寺に到着した。早くも「これは早すぎる、このまま進んだら3時に終わってしまう。5時にならないと居酒屋は開かない。もっとゆっくり進もう」とサイクンリグ後の新年会を心配する声があがった。それにしても、出された梅茶が今年はしょっぱすぎだ。

また、例年、ここで90歳近い3人組と出会うのだが、今年は顔を見ることがなかった。自転車が早く到着した結果、顔を合わせることができなかっただけならよいのだが。来年の再会を願う1年ともなった。

2つ目の巡拝は、激坂を越えた山の向こうの聞修院。峠越えはのんびり行こう。

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聞修院では、お茶のおともに梅干しが出る。数種類の漬物がお土産に人気だ。

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寿老人のお参りの案内看板。

3番目に巡拝をした明白院は、門前の見事なしだれ梅の木がランドマークになっていた。ところが、今年はこの木がなかった。切られていた。青梅の梅林はプラムポックスウィルスの駆除のために、農林水産省令がでている。この木も感染したのだろうか。残念だ。

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4番目の巡拝は地蔵院。幹回り400センチメートルの梅の木があり、青梅にある二万本の梅の木中でもっとも古いうちの1本だという。

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5番目の巡拝成田山清宝院の恵比寿さん

清宝院の階段を降りると、向かい側に「にしむら」というお菓子屋さんがある。例年、ここで梅大福を買って、留守番役の家族へのお土産にするメンバーが多い。だが、今回はお休みだった。


6番目は延命寺。ここの巡拝には力が入る。ここでは甘茶がふるまわれる。

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最後の巡拝は宗建寺。ここで振る舞われるかりん酒を楽しみにしているメンバーも多い。昨年は、かりんの実が実らなくてかりん酒がなかった。みんながっかりして帰ったのだった。今年は、振る舞ってもらうことができた。いい1年になるぞ。

気象の異常なども七福神巡りを通して体感している気分だ。

巡拝を終えて時計を見ると1時過ぎ。新年会までの時間はたっぷりある。早く終わったのでは、居酒屋が開いていない。いつもと違うルートで帰ることにした。

ゴルフの打ちっぱなし、フットサルのコートなどの脇を多摩川にそって下流へとペダルを踏んだ。無い。道がない。金網に進路をふさがれた。行き止まりだ。通りすがりの人に聞くと「網を超えて自転車を担げば通り抜けられる」という。これは面白い。悪路のためにMTBがあるんだ。

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待っていたのは、立ち入り禁止の看板だった。

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路面の一部は凍っていてツルツルしている。慎重に歩いて川を渡った。

パイプを不均等に並べた階段を、自転車を担いで登った。その向こうに待っていたのは、

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木の橋だった。これはみんな楽しんでくれた。

人生同様に、ちょっと道を外れたくらいが面白い。

この後はビールを飲みたいばかりにどんどん走り、4時頃に立川駅に到着。居酒屋を探すが5時開店のお店が多い。歩いて駅の周りをぐるぐる回ること30分。ようやく営業をしているお店を発見。新年会をスタートしたのだった。

楽しい1年になりそうだ。




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