2014-04

「西安チャリティー・ウォーキング」の参加者を募集中


秦の時代の阿房宮遺跡

「西安チャリティー・ウォーキング」参加者募集中

玄奘三蔵・鳩摩羅什・阿倍仲麻呂などゆかりの寺院を西安で巡るシルクロード旅行です。

実施期間:2014年11月6日(木)~13日(木) 8日間

募集人員:20名

参加費:22万3千円(他に燃料チャージ、空港使用税などが必要です)

日程:①11/6(木) 成田⇒西安・咸陽
   ②11/7(金) 秦の始皇帝の時代の都・咸陽宮遺跡周辺を歩きます
   ③11/8(土) 漢の時代の茂陵、霍去病の墓の周辺を散策します
   ④11/9(日) 唐の時代の乾陵の石像を巡るウォーキングです
   ⑤11/10(月) 阿倍仲麻呂、玄奘三蔵ゆかりの地を巡る散策します
   ⑥11/11(火) 浄土宗発祥の地の香積寺、鳩摩羅什ゆかりの地を散策です
   ⑦11/12(水) 自由時間(OP/兵馬俑観光を準備します)
   ⑧11/13(木) 北京⇒成田 到着後解散
・ 食事は、ウォーキング中はランチボックスです。夕食は外食とします。

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玄奘三蔵のお墓のある興教寺、インドの仏典をサンスクリットから中国語に翻訳した鳩摩羅什が作業をした草堂寺などを巡る観光客は、10年ほど前も今もほとんどいません。10年ぶりに、これら日本仏教とも関連ある寺院などを巡るウォーキングを復活します。

日本人によく知られている般若心経、最初に翻訳したのは鳩摩羅什でした。およそ200年後に玄奘三蔵が翻訳しなおしました。

また、西安の北を西から東へと流れる渭河の北側には、漢の時代から唐の時代までの墓陵がたくさんあり、発掘もすすめられています。発掘された遺物から、当時の人たちが死をどのようにとらえていいたのか、あるいは精神世界を垣間見ることができるでしょうか。

乾陵は、唐の第3代皇帝高宗と中国で唯一女帝となった則天武后のお墓です。乾陵では、墓前に至る神道には、ペガサスなどの石像、61体の首なしの石像などが並んでいます。これらにはどのような意味があるのでしょうか。歩きながらを考えたいと願っています。

茂陵博物館には、発掘した遺物があります。漢の武帝の陵である茂陵からは、金糸で結ばれた玉の衣をまとったまま埋葬された武帝と思われる遺体が発掘され、その口は玉でできた蝉を銜えていたと伝えられています。

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草堂寺の境内で剃髪するお坊さん

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秦の始皇帝陵の周辺で、畑の中で見つけた遺跡

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子どもたちの足元にも遺跡が眠っている

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紅葉の季節です。
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還暦のお祝いに感謝。ありがとう、仲間たち。



昨日(4月20日)は、主宰しているシルクロード雑学大学の定例会。

5月5日に出発するイタリア・フランスでのサイクリングの最終的な打ち合わせを行った。

その後、会員の大森恵司さんに講演を行っていただいた。1995年以来のシルクロードを舞台としたサイクリングと定年後の過ごし方を多いに語ってくれた。

家電メーカーに勤めていた大森さんは、今年で73歳だという。今年も「ツール・ド・シルクロード10年計画」に参加して、蘭州から敦煌まで仲間たちと一緒に、ペダルを踏んでのシルクロードの見聞を楽しみにしている。

定例会の後の懇親会。近くに住む会員の横田さんが赤いちゃんちゃんこを取り出して、みんなで還暦を祝ってくれた。

ありがとう、シルクロードの仲間たち。

還暦は、数えで61回目の誕生日で、生まれた時と同じ干支を迎えたお祝いとのことだ。

大病、大けがもあり、多くの人に助けられてここまで生きてこられた。感謝です。

2003年にイランのバムで大きな地震があり、2000人以上の子供たちが孤児となった。

2004年にイランをサイクリングし、途中でバムにある孤児院を訪問したことがある。テヘランで買った児童書を届けた。

お礼に子どもたちが絵を描いてプレゼントしてくれた。1枚の絵に猿の姿が描かれていた。

どうして猿の絵を描いたのか尋ねると、

「今年は猿年だから」

と応えてくれた。

干支の考え、イスラム圏にもあったのに驚いた。

干支、この考え方もシルクロードを通って伝播したのだろうか。

シルクロードで買った野菜の種まき



団地から自転車で5分ほどのところに畑を借りている。

コールラビと赤カブの種まきをしたのだが、冬を越えて花をつけていた。

草取りもしないので雑草の楽園の模様だ。

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以前、近所に住むドイツ人にコールラビをあげたら、
「どこで買ったのですか。ドイツでは、日本の大根やニンジンのように1年中八百屋さんで売っている野菜です」
といわれた。

それから、海外をサイクリングする度にコールラビの種を買って栽培している。中国、中央アジア、イラン、トルコ、イタリア、シルクロードではどこでも売っていた。

昨年、イタリアのクレモナでコールラビの種を見つけた。もう種まきの季節は過ぎているのだろうと思ってあわてて草取りに出かけたのだった。

1日がかりで目立つ草は抜き取った。

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コールラビとヒョウタンの種まきをすませた。

大根、カブ、ニンジン、玉ねぎなどシルクロードを通って日本で伝播した野菜は多い。これを調べながら、各国で売っている野菜や種を確かめるのもシルクロード・サイクリングの楽しみのひとつになっている。

昨年の秋に種まきをしたコールラビとラディッシュの花はしばらく楽しみたい。

キルギスで記念植樹した桜の開花はいつ。



今日は誕生日。facebookうやメールでに多くの方からお祝いの言葉をいただいた。ありがとうございます。このブログを通じてお礼いたします。

facebookには、かつてペルシャを教えていただいた先生はイランから、日本人捕虜の調査に通訳としてお手伝いしていただいているガイドさんはキルギスから、お祝いのメッセージを送ってくれた。国や言語の違いを越えたつながりの大切さ実感した1日の始まり、60年目の始まりであった。

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散歩に出ると一面に桜の花が散っている光景に出合った。

一瞬、2012年にキルギスで記念植樹した桜に思いをはせた。あの桜は、今年花を咲かせただろうか。

お寺の境内で散っている桜、生死と関係する場所が刺激的だったのかもしれない。

1993年に中国の西安を出発し、自転車でローマをめざした「ツール・ド・シルクロード20年計画」では、中国のカシュガルから天山山脈を越えてキルギスに入る計画は、1999年に予定されていた。チャレンジした。ところが、洪水で道路が流されて通行止めになり行く手を阻まれ、2000年に再度試みた。

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9時に出国手続きに並んで一番乗り、今年こそは国境越えと意気込んだ。しかし、後から来るバスやトラックの手続きはどんどん進み、わたしたちを置いたまま国境へ向かっていくのだが、わたしたちの手続きは一番最後だった。午後4時になっていた。しかも、一人10ドルの賄賂を要求された。ガイドがウイグル人だったので、差別されたようだ。

6時には、キルギス側でスタッフが待っている。賄賂を渡して通過することにした。出国手続き後、国境までは120キロあるので、途中からは車で移動することになった。

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こんなことから、ペダルを踏んで進めなかった部分の走行にもう一度挑んでみたい。こんな風に思い、関心のあるメンバーが集まるのを待っていた。

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2006年、7名が集まり、3回目の天山山脈越えの準備を始めた。この時に、キルギスのことを知りたいと思って買った『天山の小さな国 キルギス』と題するブックレットが、日本とキルギスの繋がりを伝えていた。

キルギスには、
「日本人の捕虜と一緒に働いたことがある」

「子どもの頃に日本人の捕虜が働いているのを見たことがある」

と証言するキルギス人が、数か所の集落で、複数名いると記載されていた。

準備会議に著者の三井勝雄さんを招いて具体的に話を聞いた。三井さんは、

「キルギス人の証言はありますが、日本人の証言がありません」
と講演を締めくくった。

厚生労働省にも、キルギスのラーゲルに日本人がいたという記録はない。

2007年に世田谷の武内栄さんから電話があり、初めて日本人の証言を公にすることができた。

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20012年の桜の苗木の記念植樹には、材キルギス大使館の参与、キルギス国防省の役人、地元の村長、そしてシルクロード雑学大学のメンバー7名、多くの村人が参加して行われた。

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その桜が気になり、facebookにお祝いのメッセージを送ってくれた通訳のヌルベックさんに、「桜の花は咲いたか、タマーラさんか国防省に問い合わせてほしい」と書き込んだ。

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キルギスのタムガ村には、1946年から1948年にかけて、125名の日本人が捕虜として過ごした。彼らは、ソ連国防省の高級将校が保養するサナトリウムの泥治療の診療所の建設に関わった。

昨年の12月23日、武内さんの奥さんから電話があった。

「最近、主人から連絡がありますか」と第一声。名のることもなかったが、何度も取材に行っているので声でわかった。

「宮野さんが本を送っても連絡がないというので、気にしていました」と応じた。宮野さんは、武内さんと一緒にタムガのラーゲルで過ごした体験を持っている人だ。

「主人は12月16日に亡くなりました。92歳でした。最後には『長澤さんにありがとう…』と申していました」最後は涙声で声にならず、電話は切れた。


キルギスの東部にあるイシククル湖。この湖の南岸にタムガ村はある。日本人捕虜125名が過ごしたラーゲルに桜の記念植樹をしたことを、現存する4名に写真を添えてお知らせした。みんなとても喜んでくれて、手紙や電話をいただいた。

昨年、イシククル湖を自転車で一周して、温泉に入り、タムガ村を訪問した。前年に記念植樹した桜は、緑の葉を広げていた。8月のことだった。

しかし「サクラ、サク」の知らせを武内さんに届けられなかったことが、心残りとなった。

東京では、来年も春になれば桜が咲く。

タムガ村の桜が咲くのはいつのことだろうか。
地面を覆う桜の花びらを目にした時、写真を手に「サクラ・サク」を伝える日を思い描いた。

2014年4月10日、60歳の誕生日に、生きている私の役割の一つを確かめるている。

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「すっかり元かのかと思いました」のコメント届く

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4月2日のブログを読んだ友人から、コメントが届いた。

タイトルは、「30年後も大丈夫」。

10歳ほど年上の友人からの激励と受け止め、30年後も元気でいられるように毎日を大切にしたい。


「コメント

30年後も大丈夫

すっかり元かのかとおもいました。
ところで30年後私は確実にいませんが、長澤さんは大丈夫ですよ。 」


「すっかり元かのかとおもいました。」
とあるが、

岩元さん、すみませんでした。週刊誌の中づり広告みたいな見出しで。

今後もこの方針で進めたいと思います。

次回は、岩元さんから「今でしょ。ふふふ」とか、電話が来るようなタイトルを考えたい。

お楽しみに。

写真の女性は、ヴェネチアの鐘楼で声をかかけてきた日本人女性です。

「平均年齢67歳の15名で、ローマまで自転車で行く」と言ったら、
「二人での写真を撮らせてください」となりました。

祖父母に「日本人の元気な爺さんに出会った」と見せるのでしょう。

「アノ時、わたしのところに泊ったのよ」、覚えていません



昨日(4月2日)、写真展の会場に一人の女性が入ってきた。3時を回っていた。

名前を名乗った後、

「すっかり変わったからわからないでしょう」
という。確かに変わった。

一巡して写真を見た彼女に椅子を勧めた。

数年前に大病をして3カ月の入院。

「ステロイドを使った療法で、一時はお相撲さんのようになったの。ステロイドの量が減ったら、しぼんでしまい、すっかりおばあさんよ」

色白で、長い髪、スリムなボディーでさっそうを校内をゆく姿、声をかける男は多かった。口調は学生時代と同じ、しぐさも同じ。話している間に以前の笑顔が重なってきた。

30数年ぶりの再会だった。四谷で呑むことにした。

お互いに死を覚悟した病を体験しているだけに葬儀の話になった。献体が残されたものに迷惑がかからないと考えていること。「0葬」という本があることを伝えた。

彼女は、大学を出た後、一度会ったことがあると言い出した。

「アノ時、わたしのところに泊ったのよ。長澤さん」

沈黙。覚えていません。
ごめんなさい。あんなにもてた彼女のところに泊ったのなら、忘れるはずはないのだが。いったい、わたしはどうしたのか。

「やっさん、主夫業しているの。洗濯や掃除、洗い物もしてくれるから、わたしが働けるの」

「やっさん」。そうだ彼女は学生結婚で、夫の通称は「やっさん」だった。

そうだ。「アノ時」を思い出した。確かに彼女のところに泊った。

わたしは彼女の夫の「やっさん」と、とことん呑んだ。

そして翌朝、彼女が出かけた後、「やっさん」と迎え酒となった。そんな記憶がわいてきた。呑みすぎて記憶違いかもしれないが。

10時頃に店を出た。

「丸ノ内線で新中野にあるお店によって、猫に餌をあげてから帰るわ」

というので、わたしも丸ノ内線で荻窪へ向かうことにした。30数年ぶりの再会だ、電車の中でも話題はつきない。

「やっさんによろしく」

「たまには会いましょう」

握手をして、彼女は電車を降りた。

彼女は新中野でバイクショップを経営している。16年になるという。

30年後。わたしにも彼女にも、そんな時間は残されていない。

細く長く生きよう。そのうちに楽しいこと、うれしいこともある。ふたりに一致した過ごし方だった。

今日、生きていることを楽しもう。

Yさん時間をありがとう。また会おうね。近いうちに。

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