2014-06

二人乗り自転車で世界一周、しまなみ海道の魅力聞きました



昨日(6月26日)は、急なお誘いに応えて西荻窪に行った。

タンデムという二人乗りの自転車のペダルを夫婦で踏んで、10年かけて世界一周した日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)の仲間・宇都宮一成さんが、「旅の本屋のまど」で講演する、JACCの仲間も集まるというので出かけた。

学生時代には、西荻窪の南口にあったホビット村の本屋で、ラジニーシやクリシュナムルティーの本を買ってたこともあり、個性的なお店は駅の南側と思い込み、しばし駅の周辺を徘徊した。「旅の本屋のまど」は、駅の北口にあった。

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会場は満員。それも圧倒的に若者が多い。旅に関する本を扱うお店の固定客もいるのだろうが、サイクリングに魅力を感じている人が多いのは講演の後の質問に表れていた。

宇都宮さんは帰国後、ふるさとの愛媛に戻り、NPO法人シクロツーリズムしまなみという組織で、自転車による世界一周体験を活かして、地域の活性化に取り組んでいる。しまなみ海道を利用したサイクリング、出会いの魅力を発信している。旅行の魅力の魅力といえば出会い。しかし、飲み会での席では、出会いの話題が思わぬ方向に転がってしまった。

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飲み会で、わたしの隣に若い男性が座った。最近、中学生時代の友人がわたしに話した悩みを伝えてみた。60歳になっても迷いや割り切れなさはあるとの事例との思いで次のことを話した。

「歯科医の2代目で家業を継いだ友人がいるんだけど、頭はいいけど手先は不器用。自分で下手なのはわかるから仕事をやめたい」と言っている

すると、
「ドンピシャです。わたしも歯学部に進んだけれどしっくりしないで、法律の勉強をしています」。それで社会に何がやれるか、やりたいか夢を語ってくれた。どうしてこう言う人と隣り合わせ、話題もどうしてドンピシャ、と反省しきりでした。

その後、本屋のオーナーとの話では、「最近の若いお客さんは親に反対されるとわかると、旅に出ることも考えなくなっているようだ」と聞いた。

JACCでは、これまでに海外を走ったメンバーが、これから走りに出かけたい人に相談に応じていた。月に1回のミーティングの時に、アフリカ担当、南米担当、北米担当、オーストラリア担当といった具合でグループを作って相談に応じていた。

オーナーには3点だけ、20年ほど前の当時の若者気質のわかる相談の事例を、松坂さんと二人で話した。松坂さんは、JACCの副代表を務めていて、海外に出た仲間のサポートを引き受け、仲間にトラブルがあると外務省や家族と交渉する役目を担っていた。

「こういうルートで世界一周をしたい」と言って広げた地図は、図書館に置いているような大きな地図でした。そんな地図を持ってサイクリングできません。国内でも地図を持ってサイクリングしたことがないんでしょう。夢はあっても。


「世界一周中、テントに泊まった時、食事はどうしたらいいんですか」、ご飯を炊いたことがないんですか、とこちらが驚きました。ご飯を炊いてからもう一度、相談に来てください、と答えていました。国内で、キャンプの体験もないけれど、世界一周したい希望を持っていました。


「世界一周に出かけたいけれど、親が反対している。親を説得して欲しい」という相談もよくありました。身近で信頼関係にある親に「世界一周したい気持ちを伝えて納得してもらいなさい」、最低限このコミュニケーション能力は必要です。自分で説得して理解を得てください。
そうでないと、言語も文化も習慣も異なる海外で、意思の疎通を図ることはできないでしょう。

というようなことを話していたと、オーナーに伝えた。あの時代の若者は、経験がなくても、準備不足でも海外へ出かけたいと思っていたし、相談に来ていた。

海外へ行こうと思うだけ、今よりはずっと良かったんだね。思わず松坂さんと顔を見合わせた。
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コールラビと枝豆



昨日(6月23日)、久しぶりに畑に出かけた。

枝豆は、それとなく形になってきた。でも、まだぺったんこ。収穫まで何日くらい必要なのだろうか。ここまでくると、先が見えるようで楽しい。

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コールラビも順調に育っている。

近所に住む友人のステファンさんは、コールラビの栽培に失敗したと、先日会った時に話していた。

昨年、わたしもコールラビの栽培に失敗している。旅行に出かけてばかりで、大事な時に水を与えられなかった。今年は、しばらく出かける予定もない。たくさんのコールラビを収穫できそうだ。

祝 こわれたXPの原稿復活。



6月18日(水)、都内某所にお友達と待ち合わせて、パソコンのHDDのコピーの方法を教えていただいた。3台のパソコンを開けてはは閉じて、コピー。家に帰ったら復習だ。

2か月に一回くらいはコピーしたらいいとのこと。原稿や写真などは、外付けに保存した方がいいようだ。

こわれたXPのデータも救出。新聞や雑誌に連載した原稿も手に入ったが、どうまとめるか悩んでます。こちらは手遅れかな。

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その後、久しぶりに「おかあさん」のお店で呑んで食べて、笑って、笑って。

結果、90歳を過ぎた共通の知人が施設に入ったとのことで、一緒に訪ねることになった。

古代道路研究の知り合いだが、みんなどんどん古代人化。もう少し歩き回りたいものだ。

あの先生とはあまり一緒に調査していないのに、どうしてこんな流れになったんだろう。

冥途の土産かな。わたしへの。

「西安チャリティー・ウォーキング」説明会、新聞で紹介



今日(6月17日)の朝日新聞朝刊で、「西安チャリティー・ウォーキング」説明会が紹介された。

説明会は、

6月20日15時から、国立市公民館にて
6月29日15時から、国立オリンピック記念青少年総合センターにて

参加費は500円。

「西安チャリティー・ウォーキングは
11月6日から13日に実施。

「戦後70年」「抑留70年」の来年に向けて課題を考える集いのご案内


右が村山常雄さん

           <ご 案 内>
    村山常雄さんをしのぶ会
  ―シベリア特措法制定4周年記念集会―
 
 2010年6月16日にシベリア特措法(戦後強制抑留者特別措置法)が国会で満場一致で可決・成立し、即日公布されてからちょうど4年になりますが、大変残念なことに村山常雄さんが5月11日に急逝されました。
そこで村山常雄さんをしのび、余人をもって代えがたいその業績を語り合うとともに、特措法制定後のこの4年間の各界の取り組みを報告し、「戦後70年」「抑留70年」の来年に向けて課題を考える集いを、以下のとおり開催したいと思います。
 会場は議員会館ですが、どなたでもご参加いただけます。お誘い合わせの上、ご出席いただきたく、ご案内申し上げます。
 (ご予約不要です。平服でお越しください。会費や参加費、香典や花代などは一切いただきません。)
                              
                              記
日時:6月16日(月) 午後1時半~4時(開場1時)
会場:参議院議員会館101会議室(1階)
(地下鉄「永田町」「国会議事堂」1番出口、Tel03-3581-3111 *裏面地図 *13:00より参議院議員会館玄関で入館票を配布します。手荷物検査を受けてロビーでお待ち下さい。)

プログラム(予定): <第1部 村山常雄さんを偲ぶ会>      
 13:30 開会(献歌:古川精一「異国の丘」)
 13:35 故人の仕事ぶりを記録したDVD上映
 14:00 追悼の言葉
 14:40 ご遺族挨拶
             <第2部 シベリア特措法4周年記念集会>   2013.8.23.千鳥ヶ淵にて
 15:00 各党国会議員挨拶(*要請中)
 15:25 厚生労働省からの報告(*要請中)
 15:35 まとめと来年に向けての提起(富田武成蹊大学名誉教授)
 16:00 閉会

呼びかけ:シベリア抑留者支援・記録センター、シベリア立法推進会議
 (連絡先)〒102-0074千代田区九段南2-2-7-601 Tel03-3237-0217・080-5079-5461 Fax3237-0287
       E-Mail: cfrtyo@gmail.com

追記 なお、終了後、ご遺族とともに懇親の場を持ち、献杯も行います。参加ご希望の方は当日受付でお申し込み下さい。(16:00~17:30、会場=地下食堂、会費=千円)



上記の上の真ん中の建物です。千代田区永田町2-1-1 
⇒地下鉄有楽町・半蔵門・南北線「永田町」下車、1番出口地上に上がってすぐ右、
丸の内・千代田線「国会議事堂前」下車、1番出口徒歩5分  
*13時から参議院議員会館玄関で入館票を配布します。
2014年5月18日05時00分 朝日新聞
(天声人語)シベリア抑留体験と不戦

 悲惨をきわめたシベリア抑留は、忘れてはならない昭和の歴史だ。60万人に近い日本兵や軍属らが、酷寒の地での強制労働のためにソ連に捕らわれた。異土に果てた人は5万人を超える▼死者は「数字」では表せない。誰が死んだのか。それを抜きにして数だけを言う非礼は、犠牲者に対して許されようもない。自らも抑留者だった村山常雄さんが、長年の思いを実行に移したのは70歳のときだ▼ソ連側資料をカタカナにした名簿はあったが、誰とも分からぬ名が多かった。村山さんは11年かけて膨大な資料を突き合わせ、864収容所、4万6300人の名簿を作っていった。その全氏名を載せて自費で出した本の重さは2キロにもなった。うち7割は漢字で表した▼大部の労作を、「紙の碑(いしぶみ)」として小欄で紹介したことがある。「一人ひとりが存在したことを、石に刻むつもりで紙に刻みました」。そう語っていた村山さんだったが、1週間前に88歳で他界された▼戦中派からの伝言として、別の著書にこう書いている。「単純に平和と言わないでください。言うのなら平和の前に必ず、不戦、反戦、非戦とつけてほしいのです。私たちの世代は子供のときから『平和のための戦争』と教えられ、殺し殺されてしまった」▼そして「日本は道義の先進国として世界に尊敬されてほしい」とも。戦後69年となり、戦争を知らない為政者が「積極的平和主義」をうたう時代である。冥福を祈りつつ、残された言葉の真実を忘れまいと思う。

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上野でバルテュス展を観る



昨日(6月14日)は、上野で展覧会。バルテュスの絵を見た。

9月7日まで、三菱一号館 歴史資料室で「バルテュス最後の写真 密室の対話」展を開催しており、これを見る前に絵をじっくり見たいと思って、出かけたのだった。

カメラで、25ミリくらいのレンズで撮ったら、こんな構成かと感じる絵もあった。

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会場は上野の東京都美術館。外に出ると夏の日差しが待っていた。

14時からはシベリア抑留研究会があった。のんびりと絵を見ていたので10分ほど遅刻して入室するはめになった。この研究会は、学者、マスコミ関係者、抑留当事者や家族で構成されている。

今日の発表者は加藤聖文氏、満州からの引揚者のことを調べている間に、シベリア抑留者の情報も蓄積され、引揚援護局の残した記録にはめっぽう強い。レジュメでも敗戦後、全国15か所に設けられた引揚援護局(中には出張所もある)の記録した「局史」や「舞援情」(舞鶴地方引揚援護局の残した記録)を複写して発表してくれた。

足で稼ぎ、お役所と交渉して得た貴重な情報が並んだ。これらの資料が、今はどのようになっているのか。継続した調査はなされていない。

個人情報保護法により、お役所の担当者も現代史の研究者も、資料の開示に困り果てている。来年の法改正に向けて、多くの学会、福島県の放射能の影響を調査している団体や学会にも呼び掛けて、情報開示の今後に生かせるように。そうしないと研究ができなくなるとまとまった。研究者がほしいのは識別情報であり、プライバシーではない。

ところで、6月13日に雹が降っている動画をfacebookに掲載した。あの黒い雲の後は、

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青空が広がり、

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多摩川サイクリングロードで、初夏の日差しを浴びて甲羅干しのカメと遭遇。普段は出会うことのない生態のあることがわかった。

ベランダのレモンの木で過ごしていたアゲハチョウの幼虫は、姿を消した。どこかに隠れて蛹になったのだろう。ベランダの外側で蛹になっていれば、一人ぼっちから脱出できるのだが。

知人の転職、そしてアゲハの幼虫の羽化。



お世話になっていた出版社の編集者から、1枚のはがきが届いた。5月31日で会社をやめて、ある大学院で民俗学を学びながら、「旅と民族」をテーマに研鑽を積んでいくのだという。43歳から45歳くらいであろうか。同じような分野で、作品を書きたいと思っていた。似た者同士、彼の志、旅立ちを大いに歓迎したい。たまにはどこかで呑もう、Aさん。

ベランダにあるレモンの木に住み着いたアゲハチョウの幼虫は、昨日(6月11日)、こんな様子だが動き回っていた。

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ところが、今日(6月12日)になると水やり用のペットボトルにしがみついて動かない。

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いよいよ羽化して成虫(チョウ)になるのかと、見守っていた。

わたしのベランダは、網で囲われている。ここで過ごしたのでは、一生一人ぼっちでかわいそうと思い、羽化の時にベランダを覆う網の外へ放とうとみていたのだ。だが、今日は蛹にもならなかった。

早いとこ、羽化して自由な生活を謳歌してほしいものです。

Aさんも論文や雑誌での作品の発表、楽しみにしています。テーマの選び方、切り込み方、取材方法など、わたしのような爺も刺激してください。

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白い桑の実の苗木を希望の皆さん、今のところ順調です。発根を確認できるまでには、1か月くらい必要なようです。

7月中旬くらいまで、お待ちください。

1歳からの友達、弘くん誕生日おめでとう。



6月10日(火)、1歳から保育園に預けられ、中学校まで一緒に過ごした弘君の誕生日。今では大阪に住んでいる彼とは、兄弟のようにして育ったので、ケンカもしたが、子供なりの冒険も一緒だった。

信濃川の中州にある新潟県白根市に住んでいたが、洪水になると一緒に泳ぎに出かけた。目指すは流れてくるスイカ。ためおけもあったりで、とっても水は汚かっただろうが。信濃川の水をたっぷり飲んだ。校則なんて全部無視していた。警察にも捕まった。でも、小学生のころのとても印象深い思い出として残っている。

あの頃「腕白でもいい、丈夫で育ってほしい」なんて、両親もおじさんもおばさんも言わなかった。それが普通だったから。少なくても、わたしのような田舎者には。

今日ベランダで見つけたのは、レモンの木に生息していたアゲハチョウの幼虫。ベランダには、網を張っているのだが、よく入ってきたものだ。元気に巣立ってほしい。レモンの木は、近所で買いました。

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ベランダのブドウ、いきよいよく枝を伸ばしている。だが、近所のブドウは房をつけているのに、何にもない。来年には実をつけるのだろうか。今は緑の葉を楽しませてもらおう。ブドウの木は、ウズベキスタかイランのブドウを種から育てています。

明日は、バルティス展、医は仁術、石の世界と宮沢賢治と上野逍遥の予定。雨が心配だ。

白い実のなる桑の木の挿し木、チャレンジ



6月9日(月)、梅雨の合間の晴れ間、念願かなって白い実のなる桑の木の挿し木をしました。

何本かな、数えていません。

インターネットで調べても、緑色の茎が根のでる率がいいとか、逆とか、いろいろあります。いろいろ対応することにしました。

桑の枝を切った後、葉の大部分を落とし、発根促進剤のカールトンという薬を枝の下の部分につけて、植木鉢にさしました。

運よく、夜には雷を伴った雨があり、ベランダにも雨滴が降り注いでいます。毎日、朝の楽しみが増えました。

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ベランダは、こんな風に満員御礼状態です。

友人のNさんからメールがあり、ちょっと元気のない感じ。気にしています。たまには会って、呑んでもいいよ。

時にはのんびりと、リラックスしていいんじゃない。わたしにも言えることかな。

白い桑の実の苗木をご希望の皆様、努力していますが、結果は問わないでください。楽しんで取り組んでいますので。

ラディッシュがイチゴジャムになりました



先日、ラディッシュを受け取った友人は、すぐにイチゴジャムで返礼を行っていた。本日(6月5日)、受け取りました。ありがとうございます。大好物だが、そんなこと話したことあったっけ。お酒と羊羹が好きとは言っていたけれど…。当たりです。

わたしは、シルクロードを自転車で旅行しながら、シルクロードを通って日本に伝播した野菜の種を買い、育てていることは何度か書いている。それが、ラディッシュとイチゴジャムのトレードのような結果に結びついたのだった。原料を送ると加工品が届くようで、こちらの原始的な暮らしが読まれている風でもある。たまには、冷蔵庫の電源も入れてみようか。

さて、今の時期、路上に桑の実がたくさん落ちているのを見かけることも多くなった。日本の場合、多くの桑の実は完熟すると黒くなる。

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イランでは、街路樹の桑の木の下で、靴を上に放り投げて、枝からばらばらと桑の実を落とす姿があった。歩道に落ちた桑の実を食べて顔を見合わせていた兄弟の笑顔。今も記憶に残っている。すでに10年ほどの月日が流れているのだが…。その桑の実は、白かった。わたしも歩道で拾って食べていた。とても甘かった。

バザールにでかけると、白い桑の実のドライフルーツを売っていた。持ち帰り、一部をベランダで栽培した。

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桑の木はどんどん大きくなり、ベランダでの栽培はあきらめざるを得なくなった。住んでいる団地の庭の一角に、鉢植えとして置くことにした。旅行中は水をやれないので、植木鉢の底を抜いている。

この桑の木が、昨年から実を付けるようになった。白くて、とても甘い。

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写真中央が桑の木。2本あるが実をつけるのは1本だけ。

インターネットで調べたら、挿し木が可能なようだ。しかも、今の季節が適しているらしい。雑に挿し木をしても、10本に2本は生き残るようだ。実のなっている枝を挿し木にして、来年はベランダで収穫したい。梅雨の晴れ間の楽しみとしよう。

畑を荒らした動物はいづこに



6月4日(水)、晴れて暑かったが、朝一番に畑に出かけた。上の写真の通り、畑は荒らされていませんでした。畑の近くに巣を作っている動物ではなく、通りすがりの旅の動物か。旅の動物なら仕方ありません。わたしも旅先では親切にしていただいているので。今回の旅では、ワインをごちそうになりました。

東京は明日から雨らしい。刈り取った棘のある草をビートの苗の上にまき散らしていたが、これを撤去。濡れて草が熱を持つと苗が枯れてしまう。

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ほかに畑には、フェンネル、スープやシチューで使うようだが、巨大になりすぎた。週明けには収獲というか廃棄かな。新しく種をまきます。

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人参も花を咲かせています。地下はどうなっているのか、怖い。

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こちらはニンニク、「花が咲いている」と思ってよく見たら、ニンニクがついていました。これを地下に埋めたら増えるのか。試してみます。

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こちらの真ん中はコールラビ。ドイツ人の友人が収獲を心待ちにしている野菜です。コールラビの苗は、まだまだあります。これが一番成長が早くわかりやすいので掲載しました。右側の赤い茎はビート。奥の赤い葉はサツマイモです。

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本日の鴨の親子。

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指折り数えたら、ひなは8羽でした。

ところで、「種より実がほしい」という方にラディッシュを送ったと、先日書きました。

今日連絡があり、お礼の手紙と荷物を送ったとのことです。なんだか貢物貿易をしているみたい。気を遣わなくていいのに。美味しいとか、まずいとか言ってくれたら、それで次の栽培で工夫する。これが楽しみなのですが。無農薬ですからこの点だけは安心を。

ところが次の連絡で、「住所が間違っていると宅急便屋さんから電話がありました」。そうです、住所を間違えたのはわたしです。自分の住所を間違えてラディッシュを送ったんです。部屋番号が違っていました。済みません。

そんなことで、お礼の手紙と返礼の荷物は、今も東京をさまよっています。差出人と同じように手紙も荷物も、旅が好きなのかな。待ってますよ。

ビート(砂糖ダイコン)だけが無くなっていた



6月3日(火)、午後から借りている畑に行った。

以前、ブログに借りている畑では、サイクリングで訪れたシルクロードの各国で野菜の種を買って、栽培していることを書いた。facebookでもリンクして紹介した。

種を差し上げますと書いたら、一人の友人が「種よりも実がほしい」と書き込んだ。昨日、ラディッシュを収獲して送った。

今日の午後は、水やりのついでに、畑の空いているところに、「周囲は緑色で、中が赤いカブ」の種まきをしようと思って出かけたのだった。

畑の一角、昨日ラディッシュを収獲した畝の半分が上の写真の通りだ。

写真の上部で緑の葉を広げているのはラディッシュだ。その下には、ビート(砂糖ダイコン)を植えていた。昨日までは、ホウレンソウの仲間なので、ホウレンソウのような葉を広げていた。だが、今日はない。

おそらく、アライグマかハクビシンに荒らされたのだろう。ビートの小さな株だけが無くなっている。ラディッシュは食べられていない。

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実はこんなトラブルが昨年もあった。子供のいたずらかと思っていた。今回、ビートだけを狙っているところを見ると、動物の仕業だと思う。前足で強引に掘り起こした雰囲気だ。靴の跡もなかった。対応策は、畑に生えてい棘のある植物を置いたこと、ヒョウタンの棚を作るパイプを上に置いたこと。そしてたっぷりと水をかけた。大した対策はしていない。

それでも、まだラディッシュはあります。ラディッシュが届いた方、お気に入りなら、まだ送れますよ。遠慮なくどうぞ。

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帰りに通った小川では、カモの親子が日向ぼっこをしていた。

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7羽ほどいたが、みんな無事に巣立ってほしいものだ。



古代道路をサイクリングする準備



6月1日(日)は、考古学好きの仲間と西国分寺駅の周辺を中心に、約1300年前の古代道路の痕跡を調べた。調べたといっても発掘に加わったわけではない。

すでに発掘されて発表されている部分を、公共機関の設置した案内板や看板から複写して、古代道路のルートの案内をするための情報を整理しようという集まりを持ったのだ。

わたしは、すでに西国分寺から栃木県の壬生まで、円仁の足跡を巡るという名目で歩いている。その時に集めた資料に、最近得た情報を加えて、徐々にサイクリングを重ねてルートを結び付けようというものだ。最終的にはホームページなどで紹介し、誰もが古代道路をサイクリングやウォーキングで楽しめるようにするという目的のために集まった仲間たちにとって、第一歩となった。

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JR西国分寺駅の南東、公団住宅の脇に南北に細長い公園がある。表面は色をつけたアスファルトで覆われている。南北の長さは約300メートル。東西の幅は約12メートル。側溝もある。

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詳しくは、案内板を見てほしい。

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とりあえずは、案内板で拡大して見せている首都圏の部分の調査を進めたい。

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JR中央線の線路を挟んで北側に姿見の池がある。

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ここでも古代道路の遺構が発掘されている。わたしが注目しているのは、中国の建築物や道路建設で用いられている版築構造が見つかっている点だ。中国の工法の影響だ。

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JR国分寺駅の南西にある約300メートルの復元された古代道路の、さらに南に「にんじん会」という老人施設がある。施設のわきにも復元された古代道路がある。南北に約50メートルだろうか。

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ここの案内板の一つには、南は多摩市から北は埼玉県所沢市まで、東山道武蔵野路の発掘された道路遺構の場所を示している。東山道武蔵野路の足跡を巡るうえで、とてもいいヒントを与えている。

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多摩市にある道路遺構は、分譲マンジョンの下に埋まっている。昨年、このマンションを探し当て、友人と一緒に自転車で見てきた。多摩市内は坂が多いので調査も大変だった。

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東山道武蔵野路の遺跡の周囲には、国分寺の金堂遺跡もある。

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武蔵国分寺の参道を南下すると道路が二股に分かれている道路遺構に遭遇する。

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武蔵国の国府から通じる道が、ここで武蔵国分寺への参道と尼寺への道の二つに分かれている。分岐点の遺構だ。

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尼寺の北側には、鎌倉街道と伝えられている切通しとなっている道がある。武蔵野の面影を残している風な雰囲気がある。

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この辺りはウォーキングでも楽しめる。

順次調査を進めて、サイクリングやウォーキングのルートを提案していきたいと思います。

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