2016-01

アイヌ料理に上原善広さんのファンが集まる


カナダをサイクリングした体験を話すノンフィクション作家の上原善広氏(1月10日、シルクロード雑学大学の定例会にて)

1月30日(土)、11時には国立で西安歴史ウォーキングに参加したいという方とあった。昼間とはいえ、寒かった。西安歴史ウォーキングは、3月14日から21日の予定だ。

参加希望者が少ないので、今回は中止しようと思っていたら、申込みが重なった。せっかくだから、西安名物といっても庶民の味、グルメも体験してこよう。

何でも食べてみよう。

18時に新小久保駅の近くにあるハルコロへいく。アイヌ料理のお店だ。友人のノンフィクション作家上原善広氏のオフ会。新宿から歩いて新大久保のお店へ向かったが、路地は新宿の誓うとは思えない。日没後だからかなり寂しい路地裏を歩いた。ハルコロに決めたのは、「被差別のグルメ」を書く際にお世話になったからだという話だった。鹿の肉などもあったので、ゆっくりお店によって、素材や調理方法を聞きたいものだ。

新宿駅から新大久保にあるお店への道は、高層ビルの谷間にツタの絡まる木造の一戸建ての路地を行く。街灯もまばらで、「こういう路地漫画にあったな」と感心しながら歩いたのだった。

本来は飲み会なのだが、わたしはジュースとウーロン茶。しかも、ハシゴシテ2軒目にも参加。20名ほどのファンが集まったが、お店はギューギュー詰め。漫画家の女性が2名いたが、1名はゴールデン街にお店も持っているという。3軒目に流れる先か。

映画監督、俳優、編集者、ライターと編集仲間と会っている雰囲気だった。とはいえ、会社員と名乗る女性も3名ほどいた。これは上原さんの大ファンだろう。ありがたいことだ。

サイクリストが3名ということだが、1名はライターだった。帰りの電車の中でfacebookの「お友達」になった。
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気仙沼で隠れキリシタンの足跡を巡る


以前、九寨溝や敦煌を一緒に旅した仲間たち

1月29日、南越谷駅へ行った。ずいぶん前のことになるが、一緒に中国の九寨溝や敦煌の鎖陽城遺跡を旅した仲間たちとの飲み会に行った。飲み会と言っても、わたしはウーロン茶で2軒をはしご。

九寨溝へ行ったのは、あの地が地震に見舞われる前のことだった。成都から九寨溝までは車をチャーターした。途中で寄り道をしながら、家のつくりに驚いたりしながら、チベット族の暮らしに触れての旅だった。ガイドブックに紹介されていないことに興味を持つ、そんなメンバーの集まった旅は面白かった。河西回廊の武威の東にある村でも、この地域と同じように家畜と暮らすつくりの家を見た記憶があったのだが。チベット族が暮らしていたのだろうか。遠い昔だ。

集まったメンバーはみんな、病院通いをしていた。わたしは脳梗塞と心不全、糖尿病の人、脳梗塞の人、不整脈の人。だが、わたし以外はお酒を飲んでいた。それだけ元気ということだろう。

メンバーは、と旧帝国大学のOBで教科書会社の編集をしていた人たち。大学で西洋史を専攻したり、日本史を専攻しており、歴史には強い。現在の教科書にまつわるニュースの話もあった。そういう見方もあるのかと感心しきりのわたしだった。

メンバーの一人に、気仙沼出身の人がいた。以前、「わたしの家は、お寺にあるお墓を見るとキリスト教徒だ」と話していたのを思い出した。今年の4月に、支倉常長一行の足跡をサイクリングするからだ。それに、2011年の地震の後、気仙沼へ行っている。

彼の話によると、先祖は、支倉常長と一緒に、その他大勢として慶長遣欧使節に加わっていたのだという。帰国後、隠れキリシタンとして北上川の方にのがれたらしいとも語る。墓の形が異なる上に、祖父母の代までは、お寺に墓がない檀家ではなかったという。

詳しい話を聞きたいというと、「弟を紹介しますよ。定年で暇にしているから、話を聞きに行ったら喜ぶよ」といい、弟さんの住所を手紙で教えてくれることになった。スペイン・ポルトガルのサイクリングから帰ったら気仙沼へ行き、隠れキリシタンの足跡を巡るサイクリングになりそうだ。

新年早々に面白い運びとなった。楽しみだ。尚、上記の写真は、前のもの。わたしの帽子だけは変わっていません。

講師は木下滋雄さん、イスラエルとタスマニアのお話です

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ナザレ、受胎告知教会

講演の御知らせ



タイトル:講座『イスラエルを巡り、聖書の世界をサイクリング』

講師:木下滋雄氏(ペトラ建築設計一級建築士事務所主宰、日本アドベンチャーサイクリストクラブ会員)

日時:2月7日(日) 15時~17時

会場:JICA地球ひろば600号室:(新宿区市谷本村町10-5、JR市ヶ谷駅下車徒歩10分)

内容:昨年(2015年)にイスラエルにある聖書の世界を巡るというテーマのあるサイクリングに取り組みました。どんなシーズンやルートの選び方からはじまり、実際に走って聖書の世界に立った時の印象、どんな出会いが待っていたのかを話します。タスマニアをサイクリングした体験も話します。

講師プロフィール:1964年神奈川県生まれ。高校生の時に自転車旅行と写真撮影を楽しみに気づく。東京理科大学卒業後、建築事務所に就職するが長期休暇を利用して世界各地を走っている。30才代で5大陸を走破。これまでに26回の遠征で51カ国、延べ9万キロを走破。著書に写真集「光と空と大地と」(いのちのことば社)がある。横浜市在住。http://www.geocities.jp/kinoshigeo/index.htmlhttp://www.geocities.jp/kinoshigeo/index.html

参加費:一般1000円、学生500円
主催:シルクロード雑学大学 042-573-7667
備考:予約不要 直接会場に来てください。

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多摩川から見た富士山。立川編


多摩川の立川公園内の野球場脇から見た富士山

1月25日、寒い1日だった。団地の陰になっている道路は、凍ってつるつるのまま1日を終えた。今朝の気温はマイナス2.7℃とのことだが、昼間も0℃に近かったらしい。元気なのは子供たち。団地の庭にあるミカンの木には、13個の実がぶら下がっていた。だが夕方にはミカンは1個も亡くなっていた。みかんの木の脇、難くなった雪の上で縄跳びを始めた子供。みかんが消えたのは、子どもたちの悪戯かと思った。だが、地面が雪で覆われたので、鳥がつついてしまったのかもしれな
い。

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電線の下で小さくなっている富士山

夕方、日没が近くなったので多摩川に出た。夕陽を撮りたかった。1月2日に青梅七福神めぐりをしたとき、真っ赤な夕陽に黒い富士山の浮かぶ姿が美しかった。影絵のようだった。だが、昭和記念公園の近くで、電線が多いので写真はあきらめた。ありのままでいいと思いなおしていたので、出かけたのだった。

日本のどこへ行っても電線の写真を撮るのは簡単。だが、電線を避けて風景写真を撮るのは難しい。明るい間に場所を調べる必要がある。考えを改めて、電線も風景の一部とみなすことにした。これが今生きている日本人の美観だともうから。それを、東京電力が形にしているだけ。電線のある風景写真なんて、海外で珍しがられるかも。

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水耕栽培にしたアボガドの種

水耕栽培を始めたアボガドの種が、芽を出しそうな雰囲気。種を包む皮に、亀裂が入っている。種を入れた容器は、ペットボトル。適当に上下の半分に切って、蓋のついた部分をさかさまにして、蓋を取った注ぎ口のへこんだ部分に種を入れている。

アボガドの花はどんな色や形をしているのか。楽しみだ。

シルクロードと果物


アーモンドの苗を部屋に入れた。

1月24日(日)、今日は寒かった。長崎では17センチの雪が積もったとのこと。子供たちは喜んでいるだろう。わたしは、友人とサイクリングの予定だった。だが、天気は寒くなる予報だったので中止した。団地の部屋は南向きで日当たりもいいのだが、部屋にいても寒かった。

九州でも雪が降るくらいだから、明日の朝は寒くなりそうだ。ラジオは、明日の朝、マイナス1℃まで冷え込むと予報していた。ベランダに置いたアンズの鉢で、アーモンドが芽を出している。寒さで枯れるといけないので、鉢を部屋に入れた。

鉢には、アーモンドが浮き上がったようにして突き出たものもあった。捨てようと思い取ってみると、根が生えていた。もう一度土に戻した。これで2本の苗が育ちそうだ。3年後に実のなる条件がそろった。あとは、大事に育てるだけ。

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「リンゴの歴史」エリカ・ジャニック著、甲斐理恵子訳、原書房、2000円+税

カザフスタンのアルマトイでも日本人抑留者の建物を調べようと思い、約70年前のアルマトイを知りたいと思って買った。抑留者の手記を読むと、リンゴ園へ収穫のお手伝いに行った話が出てくることがある。リンゴの種類が多かったようだ。

今年の4月にはスペインとポルトガルにサイクリングに出かける予定がある。スペインでは、アーモンドの花は春を告げる花だという。日本でいえば、桜の花のような位置づけのようだ。一面のアーモンド畑の満開の様子も見たいものだ。

ウズベキスタンの抑留者、北朝鮮で敗戦を迎えた日本人


昨年の12月10日ころに芽を出したアーモンド

1月23日(土)、昨年の12月10日ころに目を出したアーモンドの種が、この寒さの中でもベランダで生きている。昨年の9月に中国へ行ったときに買ったアーモンドを、植木鉢に入れていた。こんな寒い時に芽を出すとは思わなかった。

今回は、冬のど真ん中に芽を出した。アーモンドは湿気に弱い。例えば梅雨に芽を出した場合、アーモンドの空に水がたまり根が腐り育たないケースが多い。だが、これほど寒い時に芽を出すと、寒さで茎が凍ったりして枯れるのではと気を使う。他にも種を植えているが、芽が出たのはこの1本だけ。

アーモンドは桃と同じような花が咲き、桃と同じように「モモクリ3年」の言葉の通り、種から育てても3年で花が咲き実をつけるようになる。でも、他の木の花粉が飛んできて初めて受粉する。アーモンドの実を実らせたいと思ったら、少なくても2本の木を必要とするというわけだ。あと1つの種からも、芽を出してほしいものだ。

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プレスセンターで開催された日本ウズベキスタン協会の新年会に行った。新年会は目的ではない。ウズベキスタンのタシケントにある日本人抑留者資料館館長のジャリル・スルタノフ氏の話を聞くことと彼と息子さんで作ったビデオを見ることだった。

記者会見の様子を知りたい方はこちらをクリックしてください。


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ビデオを見てコメントを聞いた後は、シベリア抑留研究会へ。今回の発表者は、「朝鮮半島で迎えた敗戦」城内康伸・藤川大樹共著、大月書店の著者藤川大樹氏。二人はともに中日新聞の記者だ。今回は、38度線の北側、北朝鮮で敗戦を迎えた日本人がテーマだ。

北朝鮮の資料がない上にロシアの公文書も手に入らないという、軍事に関わる公文書は公開されていないために実に難しい取材だったようだ。

今回は、北海道、岐阜、京都など遠方からの出席者もあった。また、発表者の藤川氏が「こんな研究者の前で話すとは‥‥、疲れました」と言った通り、大学で教えている専門家が多かった。

キルギス大使館へゆく


高速道路をくぐる通路の路面は凍結していた

1月20日(木)、買い物のために高速道路をくぐってスーパーへ行った。買い物自転車は、高速道路の日陰だけだが、車が踏みしめた雪が凍ってアイスバーンになっていた。通ると後輪が触れて怖かった。自転車を降りて通る人もいたが、靴でも滑るのだった。

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高速道路わきの畑は、まだ雪に覆われていた。

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キルギス大使館に電話をしたら、15時に大使館へ行くことになった。昨年の6月に来日したキルギス人の映画監督に渡したいものがあった。26日にキルギスへ行く人がいるというので、慌てて品物を届けに行ったのだった。

キルギスの大使館へ行く途中、JR国立駅のホームから富士山が見えた。1時間ほど前まで青空だったのだが、曇り空だった。それでも富士山が見えたのだから、雲は相当に高い。携帯電話で撮ったのだが、富士山は油絵のように写っていた。メリハリがありすぎだ。

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キルギス大使館との約束の時間まで、30分ほどのゆとりがあった。そこで、大使館の近くにある目黒寄生虫館に入った。入場無料。なんと女子大生の笑い声が響いていた。男子大学生の4人組もいた。それに、ヨーロッパの人。この方、寄生虫の説明文を要見ていた。日本語がわかるんだ。どうしてこんな所へ来ているんだろう。大学生にも驚いたけれども。

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当たり前だけど、寄生虫が並んでいた。

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目を引いたのはエキノコックス。北海道を旅行する時、生水には気を付けたい。

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キルギス大使館へ行く途中で、お店の脇に並ぶ自転車を見つけた。古めかしい。5万8000円、15万8000円といった値札が付いていた。古美術商のような家具屋のようなお店だった。こんなに古風な自転車が売れるのだろうか。

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キルギス大使館は、見た目は平屋の民家。

用事を済ませて神田の古本屋でシベリア抑留者の手記を買った。今回はシベリア抑留を得にした絵に関する手記を求めた。
その後、飯田橋へ移動してパミール中央アジア研究会の勉強会へ。今回は「パリジェンヌのラサ旅行」A.ダビッド.ネール著、中谷真理訳、東洋文庫の読書会だった。久しぶりにロシア語翻訳家の田村俊介さんに会った。

武蔵国分寺跡と東山道を巡る

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国立市内はにあり、自宅の張っている団地。1月19日の様子

団地の公園は、一面の雪だ。子供たちは今朝(1月20日)になり凍った公園をで、長靴で滑ってにわか作りの「スケート場」として楽しんでいた。

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雪の日の旧鎌倉街道を見たいと思って西国分寺を自転車でめざした

たまらん坂通ったが、雪のために道路は渋滞。歩道も雪で滑るので、自転車から降りて歩いた。国分寺にある都立府中病院を過ぎるまで、車の列は続いていた。

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JR国分寺駅。左手の雑木林の手前に、旧鎌倉街道の切通しがある

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復元した古代道路。道路幅は12メートル。細長い公園になっている。普段は子供が自転車に乗る練習をしたり、散歩で通る人が多い。日曜日になると、国分寺や尼寺を巡るウォーキングの人の姿が多い。

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国分寺市立第4小学区の跡地にも、復元された古代道路がある。東山道武蔵路(とうさんどう むさしみち)といい、群馬県の東山道まで続いていたと思われる。この写真は、説明版を撮影したもの。

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復元した国分寺遺。雪で基壇のラインが浮き出ていた。

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国分寺の遺跡の近くにある国分寺市文化財資料展示室。国分寺市立第4中学校の一角にある。管理の職員の方が、定年に説明してくれた。入場無料、写真撮影OK。入場者が置いていったという陶片が入口に並んでいた。瓦のかけらなどだまだ遺跡に落ちている。

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展示資料室で展示されていたコイン。恋ヶ窪廃寺跡から出土したようだ。大部分が中国のコイン。恋ヶ窪にあったお寺がコインの年代まで使われていたと推測できる。中国のコインが流通していた時代も推測できる。

日本国内の古墳を歩いていても、お賽銭なのか古いコインが見つかることがある。そんな場合、表層サンプリングだから、他から持ってきたものかわからないので、年代も特定できないと思う。これは地下から出てきたもので年代の特定ができたようだ。

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国分寺市内で出土した国分寺に関連する瓦が展示されていた。瓦には、武蔵野のどこから運ばれたのか書かれている。馬の絵もあった。

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国分寺の遺跡。国分寺であることを示す石碑には、大正13年とある。木に石碑が食い込んでいるので、石碑よりも期の方がこの地にあるのは古い。

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おたかカフェで入場券を購入。写真撮影は禁止。たくさんのチラシがある。

武蔵国分寺跡資料館では、3月13日まで「東山道武蔵路を探る 第1回国分寺市坂戸市合同企画展 路でつながる古古代国分寺とと坂戸」と題した展覧会を開催している。

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武蔵国分寺跡に行った。誰もいなかった。遺跡の前にある野菜の直売所で大根を買おうと思っていたが、雪のためかお店は開いていなかった。

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ここでも基壇がよく分かった。雪のある時の方がわかりやすいものもあるようだ。

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遺跡の北側にある推定鎌倉街道に行った。切通しはまだ雪が残っていて、上部解けた雪が水たまりを作っていて、夕方には危険は感じ。中目黒で新年会があるのを思い出し、慌てて帰宅。中目黒へ向かった。電車の中からう日の中に沈む富士山が見えた。

以前、旧ソ連各地留学生を講師に招いて、から日本に留学している人たちは、国が小さくなり孤立しているので、ネットワークを作ろうという団体にいたことがある。「ツール・ド・シルクロード20年計画」では、この留学生に各国事情を学ぶことが多かった。留学生を講師に招いて、中央アジアの会話を学んだこともある。留学生は、母国に帰って政府の役人になっている。このネットワークが、

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新年会は、ロシアンバー。といっても、わたしはアルコールは飲めない。もくもくとウーロン杯を飲んで話に加わった。お店は2年ほど前から営業しているようだ。家庭的な料理で暖かい雰囲気、お酒を飲めらたら入りびたりになりそうだ。キルギスから映画監督が来日したら、食事に来たい。

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ボルシチがうまかった。人の分まで食べた。マトリョーシカのかわいいイラストの書いてある皿の写真を撮るのを忘れていた。
10時にお店を出たのに、帰宅すると11時30分だった。

新宿の花園神社、唐十郎はいなかった


新宿の花園神社

久しぶりに花園神社へ行った。シベリア抑留者支援・記録センターの資料室へ本の整理に行った後、帰る途中で新宿で電車を降りたのだった。学生の頃は、花園神社で唐十郎の芝居を見たものだった。よく、水をぶっかけられた。下北沢の本多劇場で唐十郎がこけら落としをやった時、水でびしゃびしゃになり、いきなり小屋を締めたことアンド思い出した。

神社のの境内はきれいすっきり。もっと木があったように記憶している。

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参道はセメントに覆われていた。街灯が並んでいた。ろうそくではなく、原発で作った電気で明かりを灯している。人はほとんどいない。聴こえてくるのは、中国語。観光客だろうか。

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こんなのあったっけ。記憶にございません。

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熱心に梅の花を撮っている若い女性がいたが、お茶でも習っている人だろうか。この人は日本人のようだった。青空ならば、梅の花も映えるのだが。

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白い梅の花は、薄明りの中で青白く浮かんでいる。

用があったのは、近所にある保健所だった。

河西回廊と天山北路

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河西回廊をゆく 1995年張掖から敦煌まで走った時の様子

砂漠の風景の間を行く河西回廊のサイクリング。暑かった。このころは、有給。休暇を取れる企業も多かったし、教員のある夏休みを楽しむことができた。友人の話でも、長い休みに趣味に打ち込めるから教員になったという人が多かった。だが、今の教員は時間の面でゆとりがあるのだろうか。ゆとりのない教員に、ゆとりのある教育ができるのか。まあ、無理だろう。

「そのうち何とかなるだろう」は、昔の話になるのか。「どうにもならない私なの」となりそうな感じ。ああ、サイクリングに関係ないか。

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あの頃は、若い参加者が多かった。それで、遠征は夏休みである8月に実施していた。教員、高校生、大学生、時には大学生も海外サイクリングに参加していた。『かわいい子には旅をさせろ』という言葉が生きていた時代だった。

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写真を撮るのが好きで,MTBも好きという高校生が参加していた。大学の卒業旅行にはシルクロード雑学大学をドライブし、カメラマン事務所に弟子入りした。今ではカメラマンとして活躍している。

海外サイクリングに参加して旅行が好きになった大学生もいた。大学を卒業した後は、旅行会社に就職している。遠征に参加して、生き方にも影響を受けた人たちもいたのだった。

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1994年には、蘭州から張掖までのサイクリングだった。途中にある天祝という町は、チベット族の自治を認めている町だった。チベット族の民族小学校もあった。チベット語を教えたり、チベット族の歌や踊りも教えていると聞いた。教師もチベット族だった。夏休みだというのに、子供たちに集まってもらって歌や踊りを見せてもらった。かっぽれなどを踊ってお礼をしている。

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1994年、蘭州から張掖までのサイクリングに参加した宍戸茂さん。出版社に勤める55歳は、定年後の生き方をシルクロードを調べたり旅行したりしたいと願って参加していた。定年後は、北京大学、雲南民族大学に留学し中国語のマスターと西南シルクロードへの旅で過ごした。中国語を勉強したのは、その後の人生をシルクロードを旅行するためにだった。そして、「西南シルクロード」を書いて、朝日出版社から出している。

こんなことを講演で話した。ドタバタで講演はうまく進まなかった。来月から、1年くらい話をして、シルクロード20年計画を話してみようかと思う。

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尚、今日まで開催していた写真展でブドウの写真を展示していた。ウズベキスタンで食べた「貴婦人」というブドウはとてもおいしかった。そのぶどうを求めてバザールを回ってもいる。上記の写真は、2002年にサマルカンドへ行ったときにバザールで食べた「貴婦人」。貴婦人の指は、仕事もしないので、このぶどうのように白くて、長くて、透き通った感じなのだろうと、勝手に想像した。

来月が楽しみだ。

明日(1月17日)、国立で講演会


トラックに載せた唐辛子を売る

講演会のお知らせ

タイトル:シルクロードでペダルを踏んだ仲間たち

日時:1月17日(日)14時から15時30分
会場:国立市公民館講座室
講師:長澤法隆(ライター、シルクロード雑学大学主宰)
参加費:500円

1月16日、最初に会場に現れたのは、4月に一緒にスペインとポルトガルに行く、くみさん。16名で行く予定だが、さっそく写真展の留守番をお願いした。明日使用するDVDを買いに1時間ほど出かけたのだった。急いで帰ると、同じく一緒にスペインへ行く、岩元さんが来ていた。新しい自転車を買ったみたい。トライアスロンで優勝したとの噂。

次に会場に現れたのは、日本アドベンチャーサイクリストクラブの仲間の木下滋雄さんが夫婦でやってきた。昨年結婚したばかりの新婚さんだ。今年はキューバへ行くという。着いていきたい、と本音が出た。新婚さんにはお邪魔か。前後して講師をお願いしたことのある芳井さんが来てくれた。ありがとう。

それに、元日大全共闘のYさんがやってきた。昨年、日大全共闘の記録を整理して自費出版しているとであった。彼と会った直後、東大の安田講堂を占拠したMさんからメールがあった。昔の話しはそのあとプッツン。自費出版の本を分けてもらうか。貴重な資料だ。

写真展の後、木下さん夫妻とネパール料理のお店に食事に出かけた。だが、間違えて入ったのはインド料理のお店だった。ネパール料理は明日にしよう。食事の最中に、2月7日、シルクロード雑学大学の定例会では、イスラエルにあるキリスト教と関連のある土地を自転車で巡った話をしてもらうことにした。会場はJICA地球ひろば。こちらもよろしくお願いします。

今日は、会場で写真を撮らなかったので、天山北路の写真を紹介します。

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スイカ売りの夫婦。とってもほがらか。

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壁の落書きをまねたレストランのデザイン。

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ドライフルーツのお店の店先。ドライフルーツは植物検疫にひかからない。庭で植物を育てるのだったらドライフルーツを買いましょう。

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イーニンのバザール。ロシア語でバザールと書いてある。ロシア人の観光客も来るのだろう。中のお店にはロシア製のお菓子も売っていた。

DVDが届く キルギスの日本人抑留者

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新しい看板を作って、目立つように工夫

1月15日(金)、その昔、おじいさんが若いころには今日が成人式だった。そうか昔だったら、3連休だったのか。再び冬休みで、子供たちは大喜びだったろう。つまらないカレンダーになったものだ。

今日の写真展、その前に絵期までぶらついた。

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カレー屋さんができたと思ったら、驚きの看板だった。

なにこれ。「まつげカール専門店」。そんな店があるのか。長く生き過ぎたのか。でも、一度行ってみようかな。この辺りはオカマもいるから、男性客だっているかもしれない。まあ、おじいさんのオカマはいないだろうけど。

この看板を見て、心臓のステントの手術をしてくれたお医者さんを思い出した。若い女性で、つけまつげの女医さんだ。彼女も、こんなお店でおしゃれしているんだろうか。このお店、気になってしょうがない。値段表を見たいもんだ。想像できないから。子にゃ夢に出るのか。

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お店のある通りは、ごく普通の田舎町

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写真展を開催中の公民館に戻った。

「自転車紀行だからと言って、ここに自転車を留めないでください」と言いたくなる。駐輪場は裏側にあります。

写真展の会場に戻ると、天山北路を走った小笠原さんが来ていた。友人も3名一緒だった。友人の1名が、写真がほしいというので写真展の後に差し上げることにした。わたしが亡くなったら、パソコンごと写真も捨てられるんだから。姉がパソコンを開いで中を見るとはとは思えない。これkらアルバムでも作ろうか。「よく燃えるわよ」とか言って骨と一緒に燃やされるかも。

小笠原さんと相前後して、やはり参加者の市川さんの従弟の方が来てくれた。この方、ビールが大好き。だった、と過去形になったらしい。痛風になってから、飲めなくなったという。わたしは敦煌の近郊で脳梗塞で倒れたと聞いていたので、回復の様子を見に来てくれたらしい。ありがとう。元気になりました。二人とも浴びるほど飲んでいたのが、全然ダメ。

死ぬまで時間はあるんだから、まつげをカールしに、美容院へ行くか。爺さん2人だったら目立つだろう。まつげカールだもんな。

最期にきてくれたのが、佳代子さん。遠いところをありがとうございます。以前、雲南省への旅行に一緒に行っている。京都大学山岳部のメンバーが遭難した地を巡る旅だった。その後、チベットへ行く予定だったが、すっかりチベットも変わった。わたしは来年、ラサから敦煌までサイクリングを計画している。彼女は、ラダックを目指して言葉の勉強も始めたという。

30年以上前のことだが,PR誌の編集をしている頃、巻頭グラビアを担当するカメラマンをラダックに送ったことがある。当時と比べれば、入りやすくなっているだろう。それよりも、まずは今年。次に来年。順番に健康体を維持することだ。今の課題は。

自宅に戻る荷物が届いていた。差出人には覚えがない。開けるとCDだった。

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待ちに待ったDVDが届いた。

昨年の6月に中央アジアのキルギス共和国から映画監督が来ることになった。1946年から1948年まで、キルギスに抑留されていた元日本兵の映画を作るための来日だった。もt日本兵の住所は私が持っている。何度か取材をしたことがある。そんなことから、撮影に関わった。

ところが、当時、わたしは心臓の冠動脈にステントを入れる手術で入院中だった。病院からホテルを決めたりして、キルギス大使館のチムールさんに連絡していた。その時の取材を、テレビ局がニュースで放映している。その映像が届いたのだった。

そろそろ映画ができ、日本国内でも上映する予定のようだ。だが、今度はチムールさんが脳腫瘍の手術で入院している。手術はうまくいったとのことだ。幸いにも、手足に不自由は残らなかったと聞いている。再び、一緒に仕事をしたいものだ。



国立の写真展での質問に応える

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国立市公民館の入り口。自動ドアになっている。裏口は手で押し開けるタイプ。

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入り口わきの看板は、場所取りの競争が激しい

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土曜日には喫茶室の看板が目立ちます。目印にどうぞ。カップルは写真展と関係ありません。富士見通りをまっすぐ進むと富士山です。

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国立市公民館で開催中の写真展

国立市内で開催中の写真展3日目。今日は寒かった。でも、路面は凍っていなかった。まだまだ寒くなりそうだ。

今日は、近所に住むゆうこさんが見に来てくれた。でも、今は自転車に乗っていないという。太極拳始めたとのこと。新しいことを始める気分になったのはよかった。仕事を続けているけれど、自身の母とご主人の母の面倒を見ているので忙しそうだ。モンゴルへ行きたいとのこと。モンゴルの草原を歩く旅行を計画を準備しよう。再び、孤児を連れて草原を歩きたい。彼ら親になった時に役立つように。以前は父親代わりだったが、今度はおじいさんの代わりか。

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展示している写真の前で、「バザールをお土産店に改造」と書いた説明文への質問が多い。

写真の場所は、新疆ウイグル自治区のウルムチ。以前はバザールだった。羊の肉や野菜を買う庶民でごった返していた。とても活気があった。ところがここで爆弾事件が発生した。

その後、バザールの後は、モスクの形をしたお土産店、お土産店のお客向けの駐車場となった。警備は物々しい。羊の肉も野菜も、衣類も売っていない。ウイグル医学による漢方薬のような医薬品を販売するお店も転居させられた。どこかへ行った。

見かけるのは、中国人の観光客ばかり。どうしてここへ、ガイドが案内したのか。このお土産店が「地球の歩き方」で紹介され
ているようだ。日本人の観光客は、「地球の歩き方」で紹介されているお店に寄ることで、「観光」した気分を満足させている。そこで案内したという。

ウイグル人の人たちが、羊の肉やじゅうたんなどを買っている活気のある暮らしぶりを知りたかった。だが、それでは日本人観光客は喜ばないのだという。日本人観光客には、ガイドブックなど気にしないで暮らしや生活のにおいがするか否かで、立ち寄る先を判断してほしい。

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左右どちらの人物が、肉の売り手化と聞かれることが多い。

牛肉の売り手は向かって左側の背の高い男性。写真は清水河鎮だった。二人ともカザフ人と思われる。バザールでは、豚肉も羊肉も牛肉も扱っていた。だが、牛肉は売り手も買い手も最も少なかった。街の地域では、カザフ人は少ないように感じた。

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写真は66点展示している。カザフスタンには2時間ほどしかいなかった。だから写真は少ない。また、国境の近くは、兵士に撮影を禁止された箇所もある。次回は、1軒しかないお店に入って爆買いして、何を売っているのか写真に収めたい。もっと好奇心を大事にしよう。




国立で天山北路の写真展を開催中。


国立で開催中の写真展のチラシ

国立市内にある国立市公民館ロビーで写真展を開催中だ。
1月17日(日)まで開催し、入場無料。わたしは毎日留守番をしている。

展示しているのは、昨年の9月に中国の新疆ウイグル自治区、天山北路を自転車旅行した時の写真で、カラー66点。デジタルカメラで撮影した写真を、自宅のプリンターでプリントしての写真展。61歳から77歳のメンバー6人による。

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写真展の様子。その1。

わたしは、昨年の6月に心臓の冠動脈にステントを入れる手術をしている。だから、スポーツを禁止されていたので、あまり走ることができなかった。ドライブしてきただけのようなものだ。

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写真展の様子。その2.モノクロで撮影して展示しているメンバーもいた。

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写真展の様子。その3.写真のサイズは、A4。

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写真展の様子。その4。公民館のロビーは、国立市の場合、暖房で温かいので市民の昼寝の場所と化している。
年金族で、趣味のない人にはたまらない。奥さんに「どこかに行かないの」なんて言われることもない。お金もかからない。あったかい。とっても静かだ。新聞も雑誌もある、図書館もあるし。

今日は写真展の2日目。大学の同級生アケミさんが来てくれた。大学に7年間いた。4年生を4回。1回目の4年生の時の同級生だ。彼女の専門は平家物語、わたしは戦後派作家研究。同じ日本文学科でも相手の研究はさっぱりわからない。わたしに限るようだが。年末に人工骨を入れたばかりなので、杖をついての来場だった。普段はバイク屋さんのおかみだ。バイクを買いたい人には紹介します。お客さんとバイクツーリングもしているようなので、関心のある人は声をかけてください。

自転車で一緒に中国を4年ほど走った宍戸茂さんも来てくれた。大学の友人も一緒だった。宍戸さんには、「西南シルクロード」(朝日出版発行)という著書がある。宍戸さんは、今年の8月にウルムチからカザフスタンのアルマトイを経由して、キルギスのビシケクやイシククル湖まで旅行を計画している。一緒に出掛ける仲間と一緒だった。一緒に旅行したい人はメールをください。宍戸さんの本は、図書館で読んでください。買ってくれるともっといいけど。

その後すぐに、中国を一緒に走ったようこさん。「まだ一人なの、再婚しないの」と言うから、「だって、お宅の娘が来ないから」と冗談を返したが。彼女は、すでにお孫さんが何人かいるとのこと。新聞記事を持っていた。フリーペーパーかもしれない。写真展がどこかに紹介されたようだ。彼女も、たまには羽田までサイクリングしているようなので、今度は一緒に走ろうと話した。それにしても、話を聞いているとみんな元気だ。

まだまだ多くの方に見てもらいました。ありがとうございます。また、よろしくお願いします。



天山北路の写真展 国立にて

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中国の新疆ウイグル自治区の天山北路にて

写真展のお知らせ


中国の新疆ウイグル自治区で天山北路を走りました。昨年(2015年)の9月のことです。
サイクリングで見た風景や井本に方々の暮らしぶりをお伝えします。

日時:1月12日(火)~1月17日(日)、9時から18時まで、(初日13時から、最終日17時まで)


会場:国立市公民館 ロビー(東京都国立市中1-15-1、JR中央線国立駅下車、南口徒歩5分)


入場無料

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バザールで肉を買うおじさん。牛肉を買うお客は少ないようだ。民族が限られているのか。

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精河のバザールで見かけた子供たち。子供たちの風貌に歴史が見えるようだ。

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沿道でサツマイモ掘りをしていたウイグル族のおじさん

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カザフスタンの国境の村。 トラックやトラクターが個性的。ものを大事に使っているのか。

上原善広さんの講演のお知らせ

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講師を務める上原善広さんの著書「被差別のグルメ」新潮新書

講演会のお知らせ

ノンフィクション作家の上原善広さんの講演を行いますのでお知らせします。今月上原さんは講演で忙しくしています。他の講演にも参加したい方は、上原さんのブログ「全身ノンフィクション作家」を見てください。

タイトル:「カナダ横断サイクリング 西から東へ旅するⅠ」
講 師:上原善広(うえはら よしひろ、ノンフィクション作家)
内 容:昨年(2015年)にカナダをサイクリングした体験を話していただきます。
講師プロフィール:1973年大阪府生まれ。大阪体育大学卒業。2010年に「日本の路地を旅する」で、第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。詳しくはシルクロード雑学大学ホームページ上原善広ーWikipediaをみてください。

日時:1月10日(日) 15時から17時
会場:JICA地球ひろば600号室
参加費:一般1000円、学生500円
備考:予約不要。誰でも参加できます。
主催:シルクロード雑学大学 042-573-7667

NHKのテレビ番組で加藤九祚さんを紹介


「天の蛇 ニコライ・ネフシキーの生涯」加藤九祚著、河出書房新社、Amazonでは1990円より

最近発行された「完本天の蛇 ニコライ。ネフスキーの生涯」河出書房新社刊は3024円

日本の古本屋で注文した「天の蛇 ニコライ・ネフスキーの生涯」が届いた。考古学者の加藤九祚先生の著書だ。

その加藤先生がHKのテレビ番組に出演するとの知らせが届いた。再放送だ。
9日 NHK ETV13時から「こころの時代」だ。

シベリア抑留やシルクロードに興味のある人はぜひ見てほしい。富田先生ありがとうございます。

10年ほど前、加藤先生とは「一緒にアフガニスタンを自転車で走ろう」と話したことがある。ウズベキスタンのテルメズから、友好の橋を通ってアフガンに入る計画だった。しかし、直後にアフガンが不安定になり中止した。当時加藤先生は80歳を少し過ぎたばかりだった。その先生が、93歳になる今でも自転車に乗っているとのこと。驚いた。加藤先生は、もちろん今もお酒も飲んでいる。健康がうらやましい。アフガンに平和が訪れて、わたしたちと地元の人と一緒にサイクリングを楽しめる日が来てほしい。

アフガンを走る話をしたときは、加藤先生も私もお酒を飲んでいた。気持ちよくシルクロードを旅する話を楽しんだ。加藤先生は今でもお酒を飲んでいるという。わたしは心不全で飲めなくなった。でも、わたしは自転車にはまだまだ乗れる。若い学者とも一緒にぺダルを踏みながらシルクロードの話を聞きたいものだ。

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毎日新聞の書評欄の記事

加藤先生の著書は、毎日新聞の書評欄の片隅に書いていた。シルクロード雑学大学の仲間に渡した本に挟まっていたようだ。
書評には、友人の長勢了治さんの「シベリア抑留」新潮社刊の書評があった。「抑留者70万人」という数字の出所を知りたいと思って切り抜いていた。

ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか


「ジャーナリストはなぜ『戦場』へ行くのか 取材現場からの自己検証」危険地報道を考えるジャーナリストの会編、集英社新書760円+税

友人が書いているので買った。興味があったのだろう。自衛隊がイラクへ派遣されたが、手抜き工事ばかりで税金の無駄遣いだったことを知った。だから一人も死ななかったことはいいことだが、日本人の税金はイラク人の誰かの懐に入ったことも分かった。ISに殺されると覚悟していたけれども、無事に帰れた日本人報道カメラマンがいたことも分かった。

外国の放送を見て日本国内のニュースとしたのでは、日本向けの真実を伝えられないことも知もった。戦場に関する報道にして、外国の放送局は日本の政治家のウソよりも、自国の政治家の発言と真実、兵士のありように関心がある。

イラクにおける自衛隊は後方支援だから危険がなかったのか。危険は大ありだった。危険であろうとなかろうと、そこに暮らしている人には逃げようがない。だから報道しなければならないこともよく分かった。友人はそんな仕事をしているのかと思うと、自分は何をしているんだろうと考えてしまう。

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「無国籍の日本人」井戸まさえ著、集英社、1700円+税

本屋さんの棚のノンフィクションの新刊のコーナーにあった。帯にはNHK「クローズアップ現代」で大反響、とある。何か気になった。手に取ると、第13回開高健ノンフィクション賞最後の選考まで残った作品だった。著者のブログを読んで、無国籍の子供たちの問題に以前から取り組んでいる著者であることがよく理解できた。受賞するだけの問題を追いかけていると思った。今日買ったが、1月10日が発行日だ。今度の日曜日か。Amazonではそれまで検索で出てこないと思います。

以前にも女性のライターが、子供の虐待のことを書いて、開高健ノンフィクション賞を受賞した作品があったことを思い出した。こういうテーマこそ書かれなければと実感した。だが、女性にしか書けないテーマだった。文章も感情の入り方もよかった。書き手の人間的なやさしさが行間にあった。

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「誕生日を知らない女の子」黒川祥子著、集英社文庫、620円+税

以前、第11回開高健ノンフィクション賞を受賞した作品は、この作品だった。こんな人生を過ごしている子供がいるのかと思うと愕然とした。それにしても、著者は、子供たちに寄り添って書いている。単行本で読んでいるが、「3年後の子供たちのことを加筆している」と帯に書いてあるので、慌てて購入。去年の11月に発行されていた。

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「日本海軍400時間の証言  軍令部・参謀たちが語った証言」NHKスペシャル取材班著、新潮文庫、750円+税


シベリア抑留者を調べている。歴史的なことを把握する上での参考にと思って買った。

「五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後」。三浦英之さんが著書を語ります


五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後」の著者・三浦英之さんが、取材の過程や著書の目的などを語ったビデオを見ることができます。著書の概略がわかります。

書名をクリックするとビデオを見ることができます。

青梅七福神めぐりの地図

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青梅七福神めぐりの時にいただいた地図

今日は1月4日だけれど、1月2日に自転車で青梅七福神めぐりを済ませた。証拠にと、配布していた地図を寺院からいただいていたメンバーがいた。一部分けてもらった。この地図の大きさは、B4サイズだった。我が家のスキャナーはA4の大きさまで。コンビニへ出かけてスキャンしたが、利用できるのはUSBだけ。SDカードは利用できなかった、

七福神めぐり
に取り組むようになったのは、インドの神、中国の神、日本の神と一緒に組まれており、シルクロードのイメージにぴったりと感じたからだった。また、青梅七福神めぐりとしたのは、国立で集合して戻ってくると約50キロ。休憩をしながら走って9時から16時まで。明るいうちに終えるには、ちょうど良かったのだ。

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青梅七福神で買ったストラップ

今年の夏、キルギスを走る予定だ。昨年の6月に来日したキルギス人の映画監督・サルガルダエフ・アルスタンベックさんにお土産にしようと思って、ストラップを買った。だが、彼はスマホを使っていた。ストラップは必要ないのかもしれない。ただ、穴の開いたコインは珍しだろう、だから財布にでも付けてもらおう。それにしても、5円玉を張り付けていた。

損壊にあたらないのか。海外ならいいのだろうが、国内だ。法律に触れないのか、他人事ながら心配だ。

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ベランダで採れたジャガイモ

ジャガイモを収穫した。5センチくらいの大きさだ。食べようと思ったら、中に紫色の部分があった。食べていいのかよくわからない。ふたたびプランターに戻した。ところが、ネットで調べたら、ポリフェノールが多い部分のようだ。

もとはと言えば、腐ったジャガイモをプランターに入れて肥料にしようとしたのだった。おいしいといいのだが。。

NHKのらじるラジオで、戦後70年特集

NHKラジオ第1で、「戦後70年特集 焼け跡にラジオは鳴った・復興を支えたラジオ」を放送していました。

1月3日の午後7時20分から、ニュースを挟んで続きもあります。

青梅七福神めぐりサイクリング2016


東京都内にある羽村の堰

2016年に初めてのサイクリングは1月2日の青梅七福神めぐりでスタートした。友人の自宅に集合して、ペダルを踏み始めたのは、午前10時。集まったのは8名だった。

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多摩川の流れから江戸の市民の暮らしを潤した玉川上水はここから始まっている

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玉川上水を開削した多摩川兄弟の像が堰を見下ろしている

今日は暖かかった。だが、例年1月3日に走っているが、今年は2日。サイクリストの姿が少ないような気がした。

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堰からは、多摩川の反対側、サイクリングロードのないルートを選んで青梅七福神めぐりに向かった。暖かいので、多摩川の川岸は凍っていなかった。

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だが、霜が降りていて、ぬかるんだ道というか、人の通った跡を進む。今のところ参加者から苦情はない。ほとんどがマウンテンバイクに乗っているので、「よくぞこの道を選んでくれた」という人がいると思ったが、そんな人はいなかった。

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最初にお参りしたのは、弁財天。がん治療の話で、いきなり株を買おうとの話が出た。がん治療の薬ができるのなら、多くの人が助かっていいことなのだが‥‥。新年早々に、お寺の境内でお金の話とは、不思議に感じた。宗教ってお金儲けのためにある、と考えている人もいるのか。不思議だった。

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2つ目は寿老人。長寿を祈願する像が祭られている。寺院は聞修院、ここへ行く前に急な坂がある。坂はご木林に覆われていた。だが、雑木林は丸刈り。すっきりと青空が広がっていた。人口は減っているというのに、住宅ができるのだろうか。空き家は増えるばかりだが。また、もう一つ急な上り坂がある。上っているとおばあちゃんが、「反対側から上ったらもっと急だよ」と、弱みを突く。反対側は、下る際には用心深くスピードを落とした。

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また、このお寺では、庭に梅が咲いていた。青梅のお寺には梅の古木が多い。また、お茶のサービスと梅干が出されるお寺もあった。

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門の前では子供、成人の記念写真か。記念写真を撮っている家族が数組いた。何故か、女性ばかりだった。

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3つ目のお寺・明白院へいくには、JR青梅駅に向かって長い坂を上る。いつもの年は路面が凍っているが、今日の気温は14℃。路面凍結の心配はない。こちらのお寺は、しだれ梅の古木があったのだが、ウィルスにやられたのか木はなくなった。きれいさっぱりとして、古い山門が目立つようになった。

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明白院には福禄寿の像がある。もう一つ、ここで見てほしいのは俵を持ったタヌキの石像。

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和田橋を渡って畑と住宅の間を東に走ると地蔵院がある。布袋尊がある。幹回り400センチの梅の古木がみどころ。

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このお寺には、水琴がある。昔から水が豊富だったのか。

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階段を上った坂の上に清宝院。恵比寿尊があるが、なぜか七福神が全部そろっている。ここ一か所でよかったのか。また、このお寺では、甘酒をふるまっている。また、小道具を扱う露店が出る。これを見るのも楽しみの一つ。向かいのお店で、梅大福を買って帰るのがわたし恒例となっている。

延命寺は大黒天。お参りしている人の間を通って奥に進むと、大黒天がある。ここで招福銭を借りて商売に利用して、儲かったらお返しにお参りに来る、そんなシステムがある。袋を開けてみたらピカピカの10円玉が入っていた。靴を脱いで本堂を進んだりで、写真を撮るのを忘のれてしまった。奥の大黒天の写真を撮ってはいけないとのこと。絵の書いてある大きなヒョウタンの写真を撮りたかっただが。建物の写真も忘れてしまった。ここでは甘茶が準備されている。


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宗建寺は毘沙門天。厄を払いたいと願って帰路についた。帰りはまっすぐに玉川上水を目指した。振り返ると赤い夕陽に浮かぶ富士山、黒いシルエットを描いていた。自宅戻ったら、すっかり暗くなっていた。




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