2016-10

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自転車のお守りと多摩川

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羽村の堰の近くにある神社には自転車の絵柄をあしらったお守りがあると聞いて、友人を誘ってサイクリングに行った。

友人に電話をしたのは朝だったが、仕事を終えて出かけたのは13時に近かった。シルクロード雑学大学では、来年の春に10名ほどの仲間と一緒にスペインの「巡礼の道」をサイクリングする予定だ。その練習も兼ねているので、彼もMTBで待っていた。

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羽村の堰の後、道路から多摩川沿いの河原に近い道を進むのだが、今日は友人が持っているGPSに従った。河岸段丘の上を走ることになった。禅福寺というお寺の前に出た。山門は強い日差しを浴びていた。茅葺の屋根が味わい深い。

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阿蘇神社は、多摩川に面した入口にある鳥居が正面だった。階段を数段上ることになる。私は裏口から入った。

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神社は小さいけれど、熱心な信者の様な方がお参りに来ていた。それにしても蚊が多い。友人は半ズボンだったので大変だったろう。銀杏も多かった。拾う人がいないので、蚊も多いけれど、異臭もすごい。

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建立は西暦6001年という。何故か西暦でも書かれていた。

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お守りには自転車の絵柄があった。これならばスペインでも自転車で「巡礼の道」を巡っていると、地元の方に理解してもらえるだろう。お守りは1個500円。友人は1000円札だった。「お坊っちゃんの分も買っていくか」といって、2個のお守りを手にした。「お坊っちゃんって42歳だよ、お宅の息子は‥‥。31日に結婚記念日と言っていたけれど、奥さんにあげたら」と助言すると、「お坊っちゃん、お坊っちゃん」とのこと。奥さんはクリスチャンだったかな。日本では、友人と言えども宗教を聞くことが無い。不明なのだが。

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神社の前には多摩川が流れていた。河口から55キロくらいだろうか。

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15時頃に、再び羽村の堰に戻った。ここの水道の水はおいしい。国立よりもおいしい。トイレもある。


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これってコスモスだっけ。花びらのデザインが違うんだけど。

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羽村の堰を出てから、多摩川のサイクリングロードを走る予定だった。だが、何故か一般道に出てしまった。そして、線路に阻まれて行き止まり。右手に玉川上水が流れていた。それにしても、この辺りは玉川上水の水面が道路に近い高さだ。小平あたりは深い谷間を水が流れる感じなのだが。
水喰土公園に出てしまった。いくら水を入れても水を地面が吸い込むので、玉川上水の位置を変更したらしい。このあたりは地学を勉強している人には興味深いようだ。

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水を吸い込んでしまうという地面は、凹みになっている。草ぼうぼうで蚊が多かったので、引き返した。

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帰り際に石の直線が木で遮られていた。どうしてこうなったのか。

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玉川上水沿いに走って帰ったが、昭島市内のマンホールのふたにはクジラの絵が描かれていた。多摩川沿いの公園を整備するときにクジラの化石がでてきたと聞いている。クジラは、昭島市のシンボルなのだろう。遠い昔には海の底だったようだ。
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多摩丘陵のアーモンド


1998年に中国のカシュガルでお土産にと思って、アーモンドを持ち帰った。そして、ベランダのプランターの土に埋めたら芽が出た。

5年ほどしたら、花が咲いた。けれどベランダで育てるには、木が大きくなりすぎた。そんなときに恵泉女子大学の澤登先生と知り合い、アーモンドの木を寄贈することになった。恵泉女学園大学では、園芸に力を入れており、大学の裏に畑があるのだ。そこに植えてもらうことになった。

その後、木を見に行ったらアーモンドが落ちていた。花の季節にサイクリングを計画して、シルクロード雑学大学のメンバーと一緒に花見に出かけたこともある。桜と同じようにピンクの花が咲いていた。

今年もそろそろアーモンドが落ちている季節と思って、サイクリングに出掛けた。

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大学の農場への入り口は、お墓の入り口でもある。友人のお嬢さんが19歳で急死し、ここに眠っている。「富士山がよく見えるんですよ」と、友人は説明してくれたのだが‥‥。それから10年ほど時間が流れた。

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農場の一角にアーモンドらしき木が2本あった。農場で授業の準備をしている方がいたので聞いたら、確かにアーモンドの木だという。私が寄贈したアーモンドは1本だった。澤登先生がスペインへ留学した時の思い出で、印象に残っているのは「日本の桜の花のように、スペインではアーモンドの花が咲くと春の陽気になるんです。春の訪れを告げる花なんですね」と、アーモンドの魅力を話してくれた。

この通りをアーモンドの並木にしたいといっていた。だがアーモンドの木は2本だけ。1本はまだ葉がついていた。

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道路を隔てて大学の反対側は神奈川県川崎市。東京都と神奈川県の境になっている道にアーモンドは立っている。

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大学の農場から坂を下ると、すぐに町田市に入る。東京都町田市なのだが、東京と思えないような風景が広がっている。

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このあたりは、前に来たときは舗装されていなかったのだが。きれいになりすぎの感もあるが。

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竹藪があった。

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落ち着いた雰囲気だった。

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結構急な坂だった。逆は自転車で上れそうもない。

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近藤勇も通ったと案内されていた。

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国立市の多摩蘭坂もこんなふうに石垣だったのだが。日本のあちこちにあった石垣。多くがセメントに塗り固められてしまった。

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通りに出るとすでに紅葉が始まっていた。

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多摩川に戻ったら、すっかり暗くなってしまった。すっかり日が短くなった。

バルチック艦隊と佐渡にあるロシア人の墓


「バルチック艦隊の壊滅」ノビコフ・プリボイ著、上脇進訳、原書房

先日、古書店へ資料を探しに行ったら、思いがけなく、バルチック艦隊の乗組員だった人の手記があった。、

5年ほど前に佐渡を自転車で巡ろうと計画したことがある。だが、シルクロード雑学大学の会員が「自分も夫婦で行きたい。ただ、今はお遍路を計画しているので終わるまで待ってほしい」とのこと。当然のことだが、サイクリングに適した季節である5月や9月・10月はお遍路に行くので外してほしい,、というのだった。

佐度サイクリングを予定している時期と重なっていた。半年くらい遅れてもいいと思って待っていた。だが、何の連絡もないままだ。

こちらの都合に合わせてもらうことにして、来年の春に計画しようと思っていたのだった。参考にある本が見つかり、ちょうどよかった。

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佐渡には、バルチック艦隊の乗組員だったロシア人の乗組員の墓がある。佐度から送ってもらった郷土史のコピーもある。お寺の名前も分かった。昨日、佐度出身の友人に会ったら、ロシア兵の墓は2つあるようだ。

1993年に中国の西安をスタートして、2012年にイタリアのローマに到着した「ツール・ド・シルクロード20年計画」。この計画を進めている時、カフカスのアルメニアやグルジア、バルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアなどを通るに際し、バルチック艦隊の乗組員の中に通過する地域の出身者がいるのか気になっていたのだった。佐度から、「クロアチア出身の人もいたかも」といった書き込みがfacebookにあった。だが、「かも」というだけで、裏付けはなかった。り裏付けできる資料を探していたのだった。

これから読んで、どんな民族の人が乗り込んでいたのか知りたいのです。

尚、バルチック艦隊のロシア人の乗組員の墓が、大阪府、鳥取県、山口県、新潟県、愛媛県にあります。「ロシア兵の墓」で検索してみてください。歴史上の事件などで話題になた外国人の墓は、日本にいくつくらいあるのか、何か国になるのか。日本の国際化の第一歩のようにも感じられるので、知りたいものです。




リンク キルギスの観光地など

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キルギスの首都ビシケクから南部にある第二の都市オシュを結ぶ道は約750㎞ある。途中にあるスーサミール川沿いの街道脇に並ぶ馬乳酒などのミルク製品を売っている露店。

Wikipedia キルギス

キルギスの基本的な情報


Narynナリンの情報

イシククル湖 南・東岸ガイドブック

キルギス山岳協会

キルギスの観光地 タムガ村にあるサナトリウムも紹介されている。この中の泥治療の建物をソビエトによって抑留された日本人が建設に関わった。1946年から1948年のこと。建物は現在も使われている。

巡礼の道サイクリングと河西回廊ウォーキングの資料


神田にある内山書店で見つけた天水会に関する書籍

来年、チベットのラサから敦煌までサイクリングする予定だ。でも、1700キロある。標高5000メートルを越える峠越えが3か所もあるらしい。6名ほどで、サポートの車は1台を考えていた。

安全第一としてサポートの車を2台にする2回に分ける必要がある。走行距離と宿泊地を把握したいと思って、新しい地図を買ってきた。道路も集落もすぐに変わるのが、現在の中国だ。まずはルートの新しい状況を知りたい。

それで神田にある東方書店、内山書店へ地図を買いに行った。思いがけない本があった。

「『満州』から集団連行された鉄道技術者たち 天水『留用』千日の記録」堀井弘一郎著、創土社刊。約70年前、日本の敗戦の際に満鉄の鉄道技術者の一部の人が、中国の天水に移動されている。天水から蘭州までの鉄道を建設するためだった。技術者ばかりか家族も一緒だった。

5年ほど前にこのことを知り、取材したいと思った。一昨年、当時中学生だった2名にインタビューすることが出来た。だが、その後も中心となっている人の取材ができないでいたのだ。まずはこの本を読んでみよう。

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チベットと青海省の道路に関する資料は、内山書店にあった。2015年の発行だった。

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甘粛省の地図があったので、来年の河西回廊ウォーキングのために買った。

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河西回廊には、万里の長城の遺跡がいくつもある。河西回廊ウォーキングでは、その中の一つを歩いてみる。1.5㎞から2㎞ある。標高は2700mくらいだ。

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来年の春にスペインの「巡礼の道」を自転車で巡る予定だ。スペイン政府観光局へ行って、参加者の人数分の資料をもらってきた。細かいアップダウンや見どころなどを書いた資料は、スペイン語だった。小さな辞書も買わなければ。

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今月の末から11月にかけて、気仙沼から石巻までサイクリングを計画している。その参考になればと思って「三陸の海」津村節子著を買った。読んで驚いた。津村節子の夫は、作家の吉村昭だ。吉村は、2006年にこの世を去っている。

2011年に地震が発生した際に、吉村昭の作品「三陸海岸大津波」は増刷になったのだが、津村は増刷分の印税を倍にして、吉村が本を書くときにお世話になった田野畑村にすぐに寄付していたのだ。その後の増刷分も寄付していた。わたしも、地震の後すぐにこの本を買って読んだ。2011年の地震を予言するような小説だった。

吉村昭は日本各地から文学碑の建立の話があっても断っていたらしい。だが、田野畑村からの申し出には承諾しているようだ。だから、吉村昭の唯一の文学碑は田野畑村にある。このことは、「三陸の海」の解説で松田哲夫が紹介している。

毎年、今の時期になると「ノーベル文学賞受賞を」とマスコミに言われて、騒がれて、断りもしないどこかの国の作家とは違う。まあ、受賞していないのだから、断りようもないのだろうが。マスコミに対してひと言、断ってもいいようなものだ。

ボブディランには、このままノーベル文学賞をすっぽかしてほしいものだ。あるいは、授賞式をすっぽかして賞金だけはもらい、シリアやアフガンのの難民に寄付してほしい。正夢になってほしい。

多摩川サイクリングロードの秋の一日


映画「記憶の中のシベリア」を取り上げたマスコミの数々

昨日のことだが、「記憶の中のシベリア」を見てきた。卒論制作かと思った。若い人がシベリア抑留に関心を持つようになるのだったらいいのだが。映画を見に行く前日、朝日新聞夕刊に大きな記事が出ていた。だが、それほどの作品だろうか。

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「これからシベリア抑留に取り組むんです」というレベルの作品に思った。次の作品を見せてほしい。

シベリアに抑留された人は、若い人で90歳くらいだ。証言などを当事者に取材できるのも時間の問題だ。若い人が関心を示すことには期待している。

今日は多摩川を走った。自転車ですけれど。

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何と桜が咲いていた。二子玉川を過ぎて、ガス橋に近いところ。東京側のサイクリングロード脇だ。

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足元には、ダイコンの葉がたくさんあった。大根になるまで待つことにした。

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桜の木の根元には猫。

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桜の木の上にも猫。

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こんな風に木の上で寝ている。天気が良くて暖かいこんな日は会社をサボって昼寝に限る。

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多摩川の北の方はすっかり秋の気配。一面のススキというところもある。

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定年後、朝から晩まで釣りばかり

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秋の日は釣瓶落とし。日没が早くなった。






加藤九祚先生と自転車 「こころはいつも旅をする」


大谷探検隊の中央アジアでの取り組みが本になったらしい。

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先月、中央アジアのウズベキスタンで亡くなった加藤九祚先生が翻訳に取り組んでいたものをまとめて毎年出版している「アイハヌム」という雑誌の広告が出ていた。東海大学出版会からの加藤先生に対する追悼の意味なのか。

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加藤先生は、晩年は中央アジアにありアラル海に注いでいるオクソスという河、この周辺にある遺跡に注目していた。

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岩波ジュニア新書に「シルクロードの大旅行家たち」と題した本を出版している。シルクロードの旅行か7人を取り上げて紹介している。を知る入門書。巻末には、加藤先生が本を書く上で参考にしたシルクロード関係の本も紹介している。こちらもシルクロードをこれから知ろうという人には役に立つと思う。

加藤先生はお酒を飲むと「君たちの世代がうらやましい。僕も若いころが平和だったら、自転車でシルクロードを一緒に旅したいんだ」といつも言っていた。

加藤先生は、若いころに自転車で九州を周ったと楽しそうに話していた。シベリアに抑留されてからは「僕はスターリンのもとに留学したと思っているんだよ」「平凡社に勤めてからも、電車で原稿をもらいに行くときもロシア語の辞書をもって、勉強していたんだよ」と口癖のように話していた。シベリア抑留のことに関しては、話したがらなかった。これまでの書籍を通して、受け止めるようにしたい。

11月3日にJICAで「偲ぶ会」があると案内が届いたが、わたしは出席しないことにした。主催者の対応にはがっかりした。

国立民族学博物館などが呼び掛けて、他の日に「偲ぶ会」を開催すると聞いている。奥様の加藤定子さんも出席するこちらの「偲ぶ会」の出席させてもらうことにした。詳しい日程が分かったら、ブログでも紹介します。

サマルカンドから加藤先生の発掘していたからカラテパまで、自転車で旅して「偲ぶ会」としたいとも思う。途中で、アレキサンダーも通ったと伝えられている鉄門を、自転車を押して通ってみたい。自転車でシルクロードを旅することで、加藤先生がキャッチフレーズとしていた「こころはいつも旅をする」を形にしたいものだ。

1945年8月、国立にB-29が墜落、操縦士を日本の軍人が殺害した事件を追跡


今朝の新聞記事、多摩版で知り合いが紹介されていた。

朝刊を開くと知っている顔があった。15年ほど前に雑誌の取材でインタビューしたことのある楢崎茂弥さん。すでに68歳という。

当時は、教員向けの雑誌に「先生の自遊時間」というページをもらっていたほか、サラリーマン向け、医師向けの連載も持っていた。

就職して会社や公務員として働き始めると、意思を隠して勤務先の都合のいいように動き言いなりになる人を社畜と言っていた時代に、仕事をしながらも自分の時間を楽しんでいる様子を紹介していた。

楢崎さんは、当時、落語をしていたのだが、地域における戦争痕跡も追いかけていた。その一つに、砂川闘争もあった。

今回の紹介は、新聞記事に任せる。明日、ライフワークともいえる取り組みの発表があるので、時間の都合のつくかたは出かけてほしい。問い合わせや申し込みは、新聞記事にある連絡先へお願いします。

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朝日新聞の2面に現在行われている新潟県知事選のことが書いてあった。安倍首相が、立候補をしていない現知事の泉田氏と会ったとのことだ。

自民党が公明党とともに推薦している森氏を応援してほしいとの要請だったとのことだ。

民進党を離党して出馬した米山氏が、当選の可能性が高くなったのだろう。記事では、米山氏の応援を抑えるのが目的のように書いていた。だが、ツイッターでは、米山氏の当選の可能性が高く、米山氏が当選した時のパイプ役として、安部氏が泉田氏に接近したとの観測が出ている。

多摩川のダートを走って、スペイン「巡礼の道」のトレーニング


再び、京王閣の脇にある公園へ行った。

この公園には、掃除をする人がいた。3人組だったが、たばこを吸っていて煙い。

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公園のことを説明している案内板は、柵で覆われていた。

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案内板には、都電の敷石を集めて並べている公園であることを紹介していた。

都電の敷石は、東京オリンピックの時には、水泳競技の会場の外壁にも使われたとのこと。第2の人生だ。また、敷石は国内各地からはもちろん、韓国の済州島からも運ばれて使用されていたとの説明だ。

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しかし、わたしの目には、敷石はみな同じに見える。掃除していたおじさんに「どこから運んできたものか、敷石に印があるといいのにね」と声をかけた。
すると帰ってきたのは、「この辺の子供は、そんなもの書いたら持ち帰ってしまうよ。それにいたずら書きをする。あんたどこから来たんだ。何処へ行くんだ」と疑われる始末。石みたいな重いものは誰も盗まないよ。宝石なら用心してよ。私には猫に小判だけれども。
それにしても、国立から来たなんて言わなければよかった。

「墓石にちょうどいいですね。欲しいなあ」とでも応えておけばよかった。あのおじさん、75歳くらい。まだ早いか。

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今日、多摩川サイクリング・ロードを自転車で走ったのは、来年の春にシルクロード雑学大学の仲間と一緒にスペインの「巡礼の道」を走るけれど、ダートが多いと聞いたから「ダートに慣れたい」と思ってトレーニングするルートを探していたのだ。

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東京側の舗装されたサイクリングロードを走っていると、草藪の中を自転車が進んでいた。

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立派な未舗装の道があるではないか。トレーニングにもってこいだ。車も来なければ、かっ飛ばすロードも来ない。安全だ。

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寒くなれば草も枯れて走りやすくなる。虫もいなくなる。

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多摩川サイクリングロードでは、ポプラの木を見ると中国を思い出していた。だが、見当たらない。切り株だけでも探したいと思った。でも、ありました。よかった。

大きな木だと思っていたのだが、周りに高い建物が増えて目立たなくなったらしい。

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今年の9月からこれまでは、雨の日が多かった。自転車に乗る機会は少なかった。ダートには、さすがに水たまりが多い。

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風もなく、水たまりに秋の風景が写っていた。紅葉になったら、水たまりもカラフルだろうなあ、

講演「カミさんと走った500日 世界自転車の旅」を実施


シルクロード雑学大学の定例会の様子。JICA地球ひろばにて

10月9日(日) 午前中雨だったが、お昼頃から晴れた。

JICA地球広場で開催したシルクロード雑学大学の定例会では、「カミさんと走った500日 世界自転車の旅」の著者、宮田固さんと奥様の淑子さんの講演を聞いた。

定年を迎える前からの旅の計画、旅の様子を話した後、スライド、ビデオでも旅の様子を教えてもらった。ビデオの編集には1か月ほど時間をかけたという。旅の様子をわかりやすく伝えるために必要だと思って制作したという。たしかに、わかりやすかった。

国立市公民館でも開催したいものだ。

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講師を務めてくれた宮田固さんの著書「カミさんと走った500日 世界自転車の旅」(めでぃあ森)

定例会では、来年(2017年)の5月31日から6月17日の日程で計画している「スペイン『巡礼の旅』サイクリング」に関して、

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ツーリズムEXPOでもらった「巡礼の道」の資料、スペインの地図を配布した。

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多摩とシルクロードをサイクリングで結ぶ


多摩信用金庫が発行している季刊「たまらび」93号

メガネを作り直そうと思ってメガネ屋さんへ行ったら、「眼科医に処方箋を書いてもらってきてください」と出直しを言われた。国立に住んで20年以上過ぎているが、眼科に行くのは初めてのことだった。そこで、おりじなるのこーすを昨日、近所の眼科に行った。

検査を終えて、視力に合わせたレンズをかけたまま待合室で10分程待つことになった。「たまらび」という季刊誌を手にした。特集の一つが「自転車はじめます宣言」だった。帰りに本屋さんへ立ち寄って、じっくりと読むことにした。

特に目を引いたのは、奥多摩駅1分にあるというレンタサイクル店「トレックリング」

自転車を借りて、クリックリングオリジナルのコースを楽しむことができる。MTBもあれば電動自転車もある。また、レンタルするとオリジナルのコースを案内している地図をもらえる。道案内にちょうどいい。

レンタルするには予約が必要なようだ。詳しいことはホームページで調べてほしい。

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眼科と本屋さんを周った後に、ホームセンターへ行った。

先日、二子玉川のサイクルショップに行ってクリーニング用のオイルを購入しようとしたら1500円。一緒にいた友人が、ホームセンターで買えば安いとのこと。ホームセンターでは、83円のブラシと消費税を込みで、合計409円だった。1000円安い。

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日本の古本屋というサイトで買った「西夏文字」。送料込みで715円。

来年の4月に河西回廊をウォーキングとバスで結んで敦煌まで行くウォーキングを計画している。1994年に天祝でチベット族の子供たちが学んでいる民族小学校を訪問している。一昨年、天祝へ行ったときには、学校の所在が分からなかった。「町」から「街」へと大きく変わっていたのだ。20年以上前に撮った写真を子供たちに届けたい。もっとも10歳の子供も30歳過ぎになっているのだが。

天祝を過ぎてから、万里の長城を2時間ほど歩いて、武威、張掖と主な観光地を巡る。ところどころ歩いて、風や草の匂い、日差しや距離を自分の脚力と五感で体験するというものだ。

玄奘三蔵がインドへ経典を学びに行く際に立ち寄った瓜州城、弓矢で脅かされた第1の烽火台、敦煌の莫高窟を巡り、オプションで漢の時代の玉門関、寿昌城遺跡を1時間から2時間歩いて、漢の時代や唐の時代の旅人のシルクロードの旅を実感しようというものだ。
その時に、文廟で西夏文字に触れ、張掖では大仏寺でマルコポーロの「東方見聞録」に記されている涅槃仏の大きさを実感してほしい。また、この寺院には、玄奘三蔵の「大唐西域記」があるはず。古い記録がどんな大きさで、どんな形をしているのか見てほしい。

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キルギスでもらったプラムの種(左)、オシュのスレイマン山で落ちていたアーモンドの種(右)

8月にキルギスへ行ったときに持ち帰ったアーモンドの種を、冬になる前に蒔いてみることにした。プランターで冬を迎えさせて発芽の準備をしようというもの。種の周りの果肉の部分を取り除いて、水に漬けてからプランターに蒔いてみる。プラムも一緒に種まきの準備をしたい。このプラムは、庭で採れたものを沿道脇で売ってた子供たちからもらったもの。果肉の部分は食べて、種だけを持ち帰った。春が楽しみだ。

10月下旬に気仙沼から石巻までサイクリングを計画


2011年3月11日の東日本大震災の津波で住宅街に打ち上げられた船

10月22日頃から気仙沼から石巻までサイクリングをしたいと思っている。2011年10月24日・25日に走ったルートと同じコースとしたい。シルクロード雑学大学の仲間数名と一緒にいく予定だ。

気仙沼市内では、
リアス・アーク美術館
には必ず行きたい。
気仙沼の観光スポット
はこちら。

唐桑町も巡ってみたい
唐桑町ビジターセンター・津波棺


気仙沼南小学校、石巻市の大川小学校と新北上大橋の今の様子を記録し、神社の位置、津波が到達した位置も確かめたい。

宿泊は、できるだけ民宿や旅館として、地元の人の当時の様子や復興の様子を聞いてみたい。

資料など来週中に紹介したいと思います。

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昭和8年にこの石碑のところまで津波が来たことを記録している。「地震があったら津波の用心」とある。拓本を採りたい。

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2011年10月、唐桑では地震や津波の後に火災が発生したが、焼けた住宅は取り壊されていた。だがバスは焼け残ったままになっていた。

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気仙沼南小学校は、地震が発生した時、卒業式の練習の様だった。6年生を送り出す準備を整えたまま、体育館は放置されていた。生徒は3階に避難して無事だった。子供たちは雪の中で一晩、屋上で過ごした。当日が学校を休んで家にいた子供などは亡くなったと報道されている。この学校は、地盤の低いところにあるとの理由で廃校となった。気仙沼の港は、地震により2メートル近く地番沈下した。

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川を遡上する津波で、新北上大橋は3分の1ほどがちぎれて流されてしまった。私が通る1週間ほど前に仮橋が架けられたばかりだったことは、地震後に東北に張り付いた友人カメラマンのfacebbokで知った。ずいぶん後のことだった。

来年の5月31日から6月17日までスペインの「巡礼の道」のサイクリングに出かける予定だ。その時に、自由時間を利用して州立マドリッド大学で東日本大震災の写真展を計画している。復興の様子なども写真で伝えたいので記録したい。

マドリッド州立大学での写真展は、昨年に続いて2回目となる。支倉常長の乗ったサンファン号の今も伝えたい。


キルギスのビシケク、自転車の修理はこのお店

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いつものことながら輪行袋から自転車を出すときはドキドキする。

今年の8月にシルクロード雑学大学の仲間と一緒に行った中央アジアのキルギス。飛行機に預ける荷物は23㎏まで預かってくれるが、持ち運びのことを考慮して17㎏とした。輪行袋の中には、自転車のほかに衣類を詰めたデイバッグ、医薬品を入れた。

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8月9日に日本を出発。アルマトイで1泊して、ビシケクのホテルに到着すると自転車の組み立てとした。輪行袋から自転車を出して組み立ててみると、2台の自転車のワイヤーが切れていた。幸い、ホテルの近くにサイクルショップがあったので、他の仲間が組み立てを終えたら日本語ガイドと一緒にでかけた。ホテルから歩いて10分くらいだったので、自転車を引いていった。

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スポーツ自転車を販売と修理をているお店。

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お店が開いていることを確認するために、わたしは一足先にお店へ行った。ちょうどタンデムで世界一周中のカップルのご主人と出会った。カートを引いていた。奥さんは買い物中とのこと。自転車の修理ではなく、偶然通りかかったようだ。

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お店の中には修理道具も並んでいた。また、お店の中は写真撮影は禁止。理由は想像できるが、教えてもらえなかった。

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子供たちも故障を直しに来ていた。

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修理が混んでいて、修理が終わるのは明日になるという。

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自転車を預けて、11日のお昼に受取りに行くことにした。朝からホテルを出て150㎞ほど南西にある出発地点へ車で向かう予定だった。修理のために、出発時間を午後に変更した。

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お店の隣にある自転車の形をしたモニュメントのある所が自転車を修理するスペース。店舗にはMTBを中心にロードも展示されていた。キルギスへサイクリングに出かけて輪行でトラブルが発生したら、このお店で修理することを勧めたい。ただし、自転車のブームなのだと思うが、販売した自転車の組み立てで、修理が出来上がるまでには時間がかかる点は理解してほしい。


多摩川サイクリングロードでの新発見


何の案内板

多摩川をサイクリングしている途中、トイレに行った。京王閣の隣にある案内板。

案内板の前の石畳は、都電の敷石だったようだ。昭和30年代に入り地下鉄が走るようになり都電は消えた。その敷石がここに集められたとのこと。敷石の写真は忘れた。次回に。

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二子玉川駅の近くにある兵庫島公園にある石碑

日本語の部分を拡大すると
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姉妹都市を記念するものだった。

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石碑の脇の木の下には、木の実で埋まっていた。名前は知らない。食べられると聞いたような気がするのだが。

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まだまだ実がついていた。

多摩川サイクリングロードも、まだまだ知らないことが多いものだ。

講演「カミさんと走った500日 世界自転車の旅」

④南米アルゼンチンの名峰、フィッロイを背景に快走_R
南米アルゼンチンの名峰、フィッロイを背景に快走

講演会のお知らせ

タイトル:「カミさんと走った500日 世界自転車の旅」

講師:宮田 固さん(みやた かたし、税理士)・淑子(よしこ、薬剤師)

日時:10月9日(日)15時~17時

会場:JICA地球ひろば 大会議室 (東京都新宿区市谷本町10-5、JR市ヶ谷駅下車 徒歩10分)

内容:60歳の定年の10か月前、会社員人生を振り返った宮田さん。5年後に後悔の残らない過ごし方として、自転車による世界旅行を選んだ。仕事をしながらの旅行の準備は、ドタバタながらも、定年前に韓国旅行で足慣らし。海外で自転車を組み立てるのは初めて、40キロの木持つを自転車に付けての走行も何事にもはじめて。さて、旅はどう続くのか。ドタバタで始まった旅の様子をビデオを見ながら話していただきます。

講師プロフィール:(固さん)1950年福井市生まれ。大阪市立大学在学中に小田実の「何でも見てやろう」に感銘。休学してヒッチハイク等でユーラシア大陸を一周し帰国。大学卒業後、山下新日本汽船(現商船三井)に入社。在職中に税理士、社会保険労務士等の資格を取得。2005年エムオーエルアカウンテイングに転職。2010年10月定年退職。12月から1年8か月の自転車旅に出発。24か国と南極を訪れ、走行距離は14200㎞。2012年7月に帰国し、税理士として独立開業。趣味は野球、山登り、マラソン、自転車、謡曲、マジックなど。著書に「カミさんと走った500日 世界自転車旅」(めでぃあ森)がある。
(淑子さん)1956年越前市生まれ。京都薬科大学卒業後、東京都下の薬局勤務を経て夫と自転車旅行。趣味は和太鼓、オカリナ、パッチワーク、切り絵、マジック。

参加費:大人1000円、学生500円

備考:予約不要

主催・問い合わせ:シルクロード雑学大学 ☎042-573-7667

③南米パタゴニア:世界各国のサイクリスト達と一緒に湖を渡る_R
南米パタゴニア:世界各国のサイクリスト達と一緒に湖を渡る

①ニュージーランド南島:島を縦断一人旅の車椅子サイクリスト_R
ニュージーランド南島:島を縦断一人旅の車椅子サイクリスト

②ハンガリー、ブダペスト到着:ドナウ川の畔に建つ国会議事堂をバックにして_R
ハンガリー、ブダペスト到着:ドナウ川の畔に建つ国会議事堂をバックにして

⑤アルゼチン:道中親しくなり2週間行動を共にした現地サイクリスト (1)_R
アルゼチン:道中親しくなり2週間行動を共にした現地サイクリスト

サイクリングのヒント 新聞記事と本


今朝(10月5日)の朝日新聞朝刊、読者欄の投稿

朝刊を開いて読書の投稿を見たら、伊藤礼さんのコメントがあった。
「自転車にも運転免許の導入を」という8月27日の投稿に対して、読者からの投稿があったという。

それを考慮しての伊藤さんの考えを紹介していた。社会の成熟度が問われている。他人の権利を尊重し、折り合いをつける姿勢、教育がのぞまれる、との意見。彼は教育者だった。彼は、作家の伊藤整の息子だ。父親の日記には、戦時中だから今から70年前以上前、中古自転車が70円で銀行員や教員の初任給くらいだったということも披露。今で貨幣価値で考えると20万円から25万円くらいだろうか。結構な値段だ。

伊藤礼さんが、「こぐこぐ自転車」というエッセイを書いたばかりの頃、シルクロード雑学大学で講師に招いたころがある。10年ほど前だろうか。講師料を渡そうとしたら「5000円でいいです。あなたたちの方が自転車では先輩なんだから」と遠慮していた。

伊藤さんは久我山に住んでいた。伊藤さんが講演すると知って友人が来てくれた。彼女は、伊藤さんの近所に住んでおり、伊藤さんにとっては近所の主婦。あの頃はみんな若かった。

いや、友人は若いままだ。伊藤さんの講演の後、癌で亡くなったのだ。

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朝日新聞の財団から文化財保護の助成を受けた団体と事例

朝刊には、文化財保護の助成を受けた事例が紹介されていた。国内サイクリングのついでに見られるものならば寄りたいと思って、チェックしておいた。東北大学にある漱石文庫の修復があった。高校生の頃、漱石研究をめざしていた。結果的には漱石研究の荒正人さんのいる大学の日本文学科に進んだ。だが入学してみると、荒先生は英文科の先生だった。

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10月下旬に東北へサイクリングに行く予定だ。気仙沼から石巻まで、被災地をのんびりと走って地元の人の声にも耳を傾ける予定だ。東北のことをよく知らないので基礎知識を知ろうと思って購入。

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梅棹さんにこんな本があったのか知らなかった。今では、日本一周のサイクリングは珍しくない。サイクリングのヒントにと思って購入。

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石毛さんの「文化麺類学」という文庫に、「キルギスではスプーンで食べる麺がある」といったことを書いてある。だが、キルギスという国には限らない。パキスタン、インド、中国、キルギスにキルギス族がいる(私が知っているかぎり)。キルギス族は、どこの国にいても短い麺をスプーンで食べていた。短いパスタの様だ。車で移動して書いた本だったのだろう。

わたしは、中国のカシュガルでスプーンで食べる麺を食べた。1週間ほど同じ店に通った。食べている最中にネズミが出るので、友達が「ほかのお店に行こうぜ」と言い出したので、他のお店に行ったが、同じ麺を食べていた。暴動の後、お店はわからなくなった。料理だけでも食べたいものだ。

自転車だと点でなく線で情報を得られる。だからしたtことかもしれない。だが、住んでいた人は面で、4次元で情報をええている。思いこみで書いてはいけないと自戒を込めて購入した1冊。

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西洋のパンに対して、中央アジアのナン、中東のナンなど小麦の料理を知りたいと思って購入。

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こんなことを調べている研究者がいるんだ。旅行の味を濃厚にするために購入。

生きている間に全部読みたい。

講演「スペイン『巡礼の道』、ペダルを踏んで第2の人生」、大盛況


最終日となったキルギス・サイクリングの写真展

キルギスの写真展も最終日となった。お昼頃から写真展の会場は、定年後らしき年配の人で埋まった。

DSCN2400_R.jpg

12時から昼食。公民館で食べる昼食は、何時ものセットメニュー。パンにはドライフルーツのレーズンとイチヂクが入っていた。それにヨーグルトとゆで卵。それに飲み物。ロビーには喫茶店があるが、障がい者の社会との接点となっている。なるべくここを利用するようにしている。コーヒーもおいしいと評判だ。わたしはチャイが好き。

DSCN2402_R.jpg14時からは、友人の藤本さんの講演。「スペイン『巡礼の道』、ペダルを踏んで第2の人生」を出して話してもらった。

8人ほどで満員となる狭い部屋を借りていた。だが、集まったのは22名。

話を聞いてみると、「ママチャリしか乗っていない」「安い折り畳みの自転車を持っている」、あるいは「洗濯はどうしているか」「水は大丈夫か」など。あまり自転車に乗っていない人、旅行していない人が多かったように思った。参加申し込みを決めた人が少なくとも3名。明日から電話番はどうなることやら。

定年後、自転車で旅をしたい人の多いことがわかった。講師の藤本さんと、たまには、多摩地区で講演会をしようかと話した。

DSCN2367_R.jpg

講師の藤本さんと数名で、「うなちゃんへ行こう」となったが、今日は日曜日なので休みじゃないの、ということでロージナへ。

平日の4時頃、「うなちゃんへ行く」という約束は、直ぐに決まった。

国立市の写真展は今日まで



国立市公民館で開催中の写真展は、今日が最終日です。写真展は17時まで。14時からスペイン巡礼の道の講演が行われます。

写真展は無料、講演は500円。展示している写真を紹介します。

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車で移動中に現れた羊の群れ。

IMG_1088_R_20161002085537c1a.jpg
年間60日に休暇を利用してキルギスをサイクリング中のフランス人。アフリカや南米にもサイクリングに行っているという。日本も毎年一回2か月の休暇が取れたら人生の過ごし方や考え方は変わると思う。

IMG_1329_R.jpg
道路脇で見かけたイスラム教徒のお墓。元々はキャラバンサライだったように思う。シルクロードを走るときは、道路わきのこのような古墳のようなものにも注意してほしい。古いガラスの欠片を見かけたら、シルクロードの交易や交流が古くからおこなわれていた証拠かもしれない。そんな場所を知っていたら教えてほしい。シルクロードでは、道路脇を注意して走ってほしい

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