2017-06

ウルムチで聞いた日本語

西域南道
西域南道をゆくラクダキャラバン

新華書店を出て人民広場に出た。目的もなく歩いていると「日本人でしょうか。何かお手伝いすることはありませんか」と声をかけてくれた男性がいた。

1991年のことだ。当時は、ウルムチではあまり漢族を見かけなかったので、日本人だとばかり思っていた。日本人以上に確かな日本語だった。男性は65歳くらいで、ちょっと古風な日本語を話した。ウルムチでの滞在は2週間ほどだったが、特に困っていなかったので、ちょっと話した後で「ありがとうございます」とお礼を言って別れた。

周囲のウイグル人と言葉を交わしながら去っていく後姿を目で見送った。その振る舞いを見てハッとした。日本人じゃない。ひょっとして、漢族じゃないか。

ウイグル人とは顔見知りの風だし、ウイグル人の社会にしっかりと根を張って生きている風だった。あの人は日本人ではなく、文化大革命のときに下放された漢族ではないか。もっと話しを聞きたくなった。どこで日本語を学び身に付けたのか、確かめたいと思った。しかし、その姿は路地に消えていた。

文化大革命のとき、日本語を話せるというだけで、日本人と接点がある。そんな理由で辺境の地へ送られた知識人も多いと、知識としては知っていた。

しかし、ウルムチという地で日本人と同じように日本語を話す人を目の前で見て、すぐに「下放」という言葉を思い出すことはなかった。

下放され、そのままウルムチに暮らすことになった漢族ではないかと、今でも思っている。
あの時、何時どこで日本語を身に付けたのか聞かないで別れたことを、今でも残念に思っている。現代史の証言に触れることができたのにと。

1991年、2月下旬に日本を出発していた。中国の新疆ウイグル自治区チャルクリクからカシュガルまでラクダに揺られて2ヵ月半の旅。テント生活を続けてカシュガルに到着したのは5月半ばだった。その後、車、バス、列車を乗り継いで上海から帰国したのは7月も半ばを過ぎていた。

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