2017-10

シルクロード鉄道を拓いた、満鉄の技術者たち



1945年の日本の敗戦で、満鉄の技術者の多くが中国に残って鉄道工事に従事していた。

中国の西安の西へ約400キロメートルの地にある天水。天水から蘭州までの約400キロメートルの工事のために約200名の技術者と600名の家族が、天水に移住を強いられていた。1950年のことだ。

それでは、1950年までの間、彼らはどこで何をしていたのか。NHKの本では一部の事例しかわからなかった。

今日、天水会に所属し熊谷市に住む姉妹に話を伺い、納得できた。彼女たちは41946年からの4年間をハルピンで過ごしていた。女学校に通っていたが授業はなく、満鉄の仕事を手伝っていたと話していた。

この4年間は、技術者を主とした約1000人の日本人が、中国各地に散り、鉄道に関する仕事についていた。

1950年になり、一度、天津港の近くに集められ、再び鉄道工事の拠点となる地域に送られた。

その一か所が、天水だった。ただ、今日、話を伺った姉妹は、半年ほどで鄭州に引っ越していた。

「ツール・ドシルクロード20年計画」の1993年の第1回目に参加した大森靖子さん(当時55歳、当時府中市在住)は、天水に暮らす両親のもとを離れて鄭州にある中学校の寄宿舎におり、今日、話を伺った姉妹の家によくに遊びに行き「お姉さん」と呼んでいた間柄とのこともわかった。

「ツール・ドシルクロード20年計画」は、2010年にトルコとブルガリアの国境からベオグラードまでサイクリングしている。この旅の出発の直前に、わたしは天水会の事務局に電話をして取材を申し込んでいた。

大森さんの話を出すと「靖子ちゃんは5年ほど前に亡くなりました」との返事だった。

img219_R.jpg

ベオグラードから帰った翌日が「天水会の最後の会合です。みなさん年齢を重ねたので解散することになりました」と聞き、出席したいと申し出ていた。しかし、時差に苦しみ出席できなかった。天水会は解散したものと受け止め、取材は難しいと思っていた。

ところが、今日話を伺った姉妹の話では、天水会は今も活動を続けている。しかも、今年の4月には天水を訪問するツアーを計画していることもわかった。

今日の取材には、話をしてくれた姉妹のお姉さんのお孫さんも一緒だった。4月のツアーに彼も参加したいという。

彼の家の前には、クロスバイクがあった。

昨年の「ツール・ドシルクロード10年計画」の第1回サイクリングでは、天水を拠点としてサイクリングをしている天水在住のグループと知り合った。ただし、連絡先は不明だ。

天水会のルートを通して、日中友好サイクリングを天水から始めることもできそうだ。

来週、事務局に電話して話してみよう。取材先も教えてもらいたい。
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