2017-08

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日本語を話す朝鮮族 蘭州での出会い

蘭州の中山橋
蘭州の中山橋と黄河

「ツール・ド・シルクロード20年計画」を始めたのは、1993年。1991年に設立した市民団体・地球と話す会の取り組みとしてのスタートだった。

1993年は西安から蘭州。そして2年目の1994年は蘭州から張掖まで、自転車を利用した脚力によるシルクロードの見聞だった。

張掖まで走り、帰国に際し飛行機を利用する都合でバスで再び蘭州に戻った。夜の11時頃、すでに休んでいたが強い調子でドアをノックする音で覚めた。ドアを開けると通訳の李梅さんだった。北京の大学で日本語を学ぶ21歳の女性だ。

部屋に入るなり彼女は「蘭州大学の日本語の先生に電話をしたら、旦那さんが日本人と話しをしたいといっているので会ってほしいというんです。電話で話してください」と、部屋の電話の受話器を私に差し出した。

「日本から自転車旅行で蘭州へ来たと聞きました。久しぶりに日本語を話したいので自宅へ遊びに来てください」
夜も遅いので丁寧にお断りしたが、

「これからでもいいですよ。若い日本人と話ができるのですから楽しみにしています。遠慮しないで下さい。お酒は飲めますか。ああそれなら、お酒を準備してお待ちしています」
と一歩も退かない。タクシーでお邪魔することにした。たまた京都に住んでいる在日3世の女性も参加していたので、20歳の彼女も誘って出かけた。

タクシーの中で李さんに聞いてわかったのは、蘭州大学の先生と夫は朝鮮族で二人とも日本語を話すこと。旦那さんは日本の大学を出ている元医師ということだった。

10分ほどで男性の家に到着した。部屋に通された。待っていたのは老夫婦だった。二人は宴の準備をして、私たちを待っていた。白酒とビールを飲みながら問われるままに、14歳から65歳まで36名の自転車旅行の様子を話した。

「日本語が上手ですね。私の日本語よりも美しい日本語ですよ」
と、一息ついたところで問いかけた。

「わたしは、現在では韓国ですが、全羅南道で生まれました。当時は日本の支配下だったので、学校で日本語習っていたのです。15歳のときに日本の本土の学校へ進みました。日本大学の医学部を卒業して、軍医として満州の病院に勤めました。日本が戦争に負けたときに、朝鮮族として中国に残り、医師として病院に勤務しました」

話しながら、わたしに盛んにビールを勧め、わたしはうなづきながら小さな杯を白酒で満たした。

「病院に勤務していましたが、お金がたまると病院の経営を始めました。順次病院の数を増やして8つ目の病院を開業したときに、文化大革命になりました。病院はすべて没収され、蘭州に送られて、再び一人の勤務医として働くことになりました」

「朝鮮半島で日本人として生まれ、日本のためにと思って医師の道を選びました。大学を卒豪後は満州で日本人の医師として日本のために働きました。日本の敗戦後は、中国人として、今度は中国のために懸命に働きました。病院も増やして。でも、文化大革命で全部失いました。今は78歳ですから医師として働いてはいません、ささやかな年金暮らしです」

「時間は気にしないで、さあさ飲んでください」
歴史に翻弄された半生を、それも翻弄した側の日本人を前にして話しながらも、恨む風はなかった。自身の若い頃を思い出し、懐かしむような表情だった。

70歳になるという奥さんは、蘭州大学で日本語を教えながら、日本語学校でも日本語を教えていた。その教え子が李さんだったのだ。朝鮮族同士の結婚で、二人ともきれいな日本語を話していた。奥さんも下放された身であるのだろうが、時間が気になり聞く機会を逃した。すでに1時を過ぎていた。

「日本へ帰ったら何か贈りましょう。何がほしいですか」
と別れ際に訪ねた。

「それでは、若い人のお言葉に甘えますよ。啄木の詩集と味噌、それに日本酒をいただけますか。日本の、若い頃を思い出しました。ああ懐かしい」
若き日を思い出してのリクエストであろう。日本人そのものではないか。歴史に翻弄された78歳、人生のゴールまでは気持ちよく過ごしてほしいと願って、約束した。

1ヶ月ほど後、北京へ向かう友人に託して、岩波文庫の啄木の詩集と味噌、紙パックの日本酒一升を北京から蘭州へと送ってもらった。
李さんを通して夫妻が喜んでいるとの知らせを耳にしたのは、1週間ほど後のことだった。
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