2017-08

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キルギスで記念植樹した桜の開花はいつ。



今日は誕生日。facebookうやメールでに多くの方からお祝いの言葉をいただいた。ありがとうございます。このブログを通じてお礼いたします。

facebookには、かつてペルシャを教えていただいた先生はイランから、日本人捕虜の調査に通訳としてお手伝いしていただいているガイドさんはキルギスから、お祝いのメッセージを送ってくれた。国や言語の違いを越えたつながりの大切さ実感した1日の始まり、60年目の始まりであった。

DSC02660_R.jpg

散歩に出ると一面に桜の花が散っている光景に出合った。

一瞬、2012年にキルギスで記念植樹した桜に思いをはせた。あの桜は、今年花を咲かせただろうか。

お寺の境内で散っている桜、生死と関係する場所が刺激的だったのかもしれない。

1993年に中国の西安を出発し、自転車でローマをめざした「ツール・ド・シルクロード20年計画」では、中国のカシュガルから天山山脈を越えてキルギスに入る計画は、1999年に予定されていた。チャレンジした。ところが、洪水で道路が流されて通行止めになり行く手を阻まれ、2000年に再度試みた。

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9時に出国手続きに並んで一番乗り、今年こそは国境越えと意気込んだ。しかし、後から来るバスやトラックの手続きはどんどん進み、わたしたちを置いたまま国境へ向かっていくのだが、わたしたちの手続きは一番最後だった。午後4時になっていた。しかも、一人10ドルの賄賂を要求された。ガイドがウイグル人だったので、差別されたようだ。

6時には、キルギス側でスタッフが待っている。賄賂を渡して通過することにした。出国手続き後、国境までは120キロあるので、途中からは車で移動することになった。

shincho45-3_R.jpg

こんなことから、ペダルを踏んで進めなかった部分の走行にもう一度挑んでみたい。こんな風に思い、関心のあるメンバーが集まるのを待っていた。

photo-5_R.jpg

2006年、7名が集まり、3回目の天山山脈越えの準備を始めた。この時に、キルギスのことを知りたいと思って買った『天山の小さな国 キルギス』と題するブックレットが、日本とキルギスの繋がりを伝えていた。

キルギスには、
「日本人の捕虜と一緒に働いたことがある」

「子どもの頃に日本人の捕虜が働いているのを見たことがある」

と証言するキルギス人が、数か所の集落で、複数名いると記載されていた。

準備会議に著者の三井勝雄さんを招いて具体的に話を聞いた。三井さんは、

「キルギス人の証言はありますが、日本人の証言がありません」
と講演を締めくくった。

厚生労働省にも、キルギスのラーゲルに日本人がいたという記録はない。

2007年に世田谷の武内栄さんから電話があり、初めて日本人の証言を公にすることができた。

IMG_8853_R.jpg

20012年の桜の苗木の記念植樹には、材キルギス大使館の参与、キルギス国防省の役人、地元の村長、そしてシルクロード雑学大学のメンバー7名、多くの村人が参加して行われた。

2006cs3_R_201404101619185aa.jpg

その桜が気になり、facebookにお祝いのメッセージを送ってくれた通訳のヌルベックさんに、「桜の花は咲いたか、タマーラさんか国防省に問い合わせてほしい」と書き込んだ。

2006cs2_R.jpg

キルギスのタムガ村には、1946年から1948年にかけて、125名の日本人が捕虜として過ごした。彼らは、ソ連国防省の高級将校が保養するサナトリウムの泥治療の診療所の建設に関わった。

昨年の12月23日、武内さんの奥さんから電話があった。

「最近、主人から連絡がありますか」と第一声。名のることもなかったが、何度も取材に行っているので声でわかった。

「宮野さんが本を送っても連絡がないというので、気にしていました」と応じた。宮野さんは、武内さんと一緒にタムガのラーゲルで過ごした体験を持っている人だ。

「主人は12月16日に亡くなりました。92歳でした。最後には『長澤さんにありがとう…』と申していました」最後は涙声で声にならず、電話は切れた。


キルギスの東部にあるイシククル湖。この湖の南岸にタムガ村はある。日本人捕虜125名が過ごしたラーゲルに桜の記念植樹をしたことを、現存する4名に写真を添えてお知らせした。みんなとても喜んでくれて、手紙や電話をいただいた。

昨年、イシククル湖を自転車で一周して、温泉に入り、タムガ村を訪問した。前年に記念植樹した桜は、緑の葉を広げていた。8月のことだった。

しかし「サクラ、サク」の知らせを武内さんに届けられなかったことが、心残りとなった。

東京では、来年も春になれば桜が咲く。

タムガ村の桜が咲くのはいつのことだろうか。
地面を覆う桜の花びらを目にした時、写真を手に「サクラ・サク」を伝える日を思い描いた。

2014年4月10日、60歳の誕生日に、生きている私の役割の一つを確かめるている。

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