2017-08

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バス停「悲田処跡」を探して古代道路をサイクリング。


東京都国分寺市にある「古代道路」を伝える案内板

東京都国分寺市は、古代道路を発掘した後に、絵や写真、文章で紹介している案内板が多い。また、JR西国分寺駅の近くには、復元した古代道路の一部、約400メートルを整備している。道路としても利用できるようにして、誰もが普通の暮らしの中で古代の風景を想像し、武蔵野の緑に覆われた地を這うように進む古代道路と地面の凹凸を感じることができるように整備している。古代道路を発掘したあとも、市民に親しまれるようにと工夫しているように思う。

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古代道路遺跡の発掘風景

古代道路は、約1300年ほど前のもの。中国の制度を取り入れて、直線的に作られたとされている。それ故に、今日の道路やマンション工事、公園や学校のグランドの整備など地面を深く掘り返す際に発見されることが多い。直線的なので、どこを掘り返せば出てきそうか推測できるらしい。発掘により、工事の方法や道路整備の痕跡もわかってくるようだ。

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古代道路の発掘現場を結んで、古代道路を推測した案内板

専門家の推理した古代道路を案内板で表示したものもある。道路遺跡の発掘現場を結べば、素人にも描けるかもしれない。

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台地の上から武蔵国分寺などを眺めた想像図

JR西国分寺駅の近くには、台地を通る古代道路から眺めた武蔵国分寺の周囲を想像した看板もある。道路は、直線的に描かれている。

今日は、天気予報通りに晴れたので、古代道路の遺跡を見学しながら、埼玉県所沢市にあると言う「悲田処跡」を探しに行くことにした。探すといっても、候補地はいくつもあり、はっきりしたことがわからない。10年以上前に歩いた際に、「悲田処跡」というバス停を見つけたので、そのバス停を探すのが今回のサイクリングの目的だ。それに、手術の後、時速20キロで走れるのか、往復40キロを走れるのか。これを確かめるのも目的だった。ダメだったら、戻ればいい。輪行の用意もした。遅くなるのも覚悟で、灯りも持った。

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JR西国分寺の東にある復元した古代道路

スタートは、JR西国分寺駅の脇にある復元した古代道路。午後1時頃に国立市の団地を出た。太陽は出ていたが、雲も出ていた。長いズボンに長いシャツ、普通の格好。その上にフリースを着た。古代道路には、歩いて古代道路を調べているようなおじさん、自転車の練習をしている親子、赤ん坊を抱いた母親がいた。道路脇はビルとなり、ビルの谷間を古代道路が通っている風。長屋の路地を拡大した風だ。以前は空が広かったのだが。

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悲田所のあったと思われる地域の地図

「悲田処跡」というバス停は、埼玉県所沢市にある。ところが、古代道路の発掘現場を結んで進むと、八国山緑地に至った。埼玉県内のはずだが、どうも、都立公園らしい。境界はどうなっているのだろうか。まあ、自治体の境目ということは、辺境だったのだろうか。

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コンビニの後ろに塚を見つけた

所沢市松が丘、インターネットで調べて、地図をプリントアウト。池を目印にペダルを踏むと、山の形が見えた。将軍塚といわれているものらしい。ちなみに、台地の上は、古代道路が残っている。川などを横切ると、洪水などで水路が変わることもあり、移動することがある。また、私は時速20キロから30キロ。よく道を間違えた。うろうろした。

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「悲田処跡」のバス停

団地の一角で「将軍塚」のバス停を見つけた。さらに進んで西側に「悲田処跡」のバス停があるはずだ。だが、みつからない。バス停が引っ越したのだろうか。引っ返そうと思っていたとき、電柱の向こうにバス停が見えた。だが、一戸建てが並ぶ団地の中。住宅の真ん中。悲田処跡らしき空間も見当たらない。将軍塚といっしょなのかと思って、ペダルを踏んで坂を上る。ペダルが重い。各戸は国立と比べて庭が広い、空き地も多い。坂の連続……、上りきると雑木林だった。

P1030543_R.jpg
登りきったら行き止まり。

ここから先は歩いた。将軍塚を探して歩いたが、散歩のおじさんおばさんがいるだけ。通路から離れた、誰もいかない小さな広場にベンチと石碑があった。将軍塚だった。「悲田処跡」はなかった。トイレへ行きたくなった。300メートルほど歩いてトイレへ行った。なんと、その後ろには駐車場が見えた。車でも上れたのか。

「悲田処」は、貞観3年に設けられたらしい。西暦で言えば861年のことだ。古代道路を作った理由は、都(みやこ)から地方へ文書を送るのが目的だったはずだ。ところが、多くの旅人が通って、食べる物に困ったことを思わせる「悲田処」の設置。命を落とした人もいたようだ。

すでに仏教が日本に伝わっている時代、古代道路は国府と同時に国分寺も結んでいた。となると、命を落とした人はお寺で葬られたのだろうか。となると、悲田処の近くにはお寺ができたかもしれない。葬式仏教じゃなかったかもしれないけれど。コメなどを備蓄する倉庫もあったのだろうか。次回からはこんなことを考えながら、八国山緑地の周辺をのんびりとペダルを踏んで巡りたい。

16時頃、黒い雲が出てきたので急いで帰宅。途中でコンビニで水分補給。17時30分に帰宅。雨に降られることはなかった。走行距離は37キロ。次は、朝から行こう。




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コメント

おつかれさま!

ロマンがいっぱいの古代の道、いいですねえ。
でもムチャをしないように!

Re: おつかれさま!

> ロマンがいっぱいの古代の道、いいですねえ。
> でもムチャをしないように!

ありがとうございます。体力に自信を持てるようになりました。
脳梗塞になりにくい薬を飲んでいるので、肌を掻いて血が出ると止血しにくいとのことです。そろりと遊ぶようにしています。

中国でワインをいただきましたが、帰国後、友人にお土産としてあげました。「まんじゅうこわい」ではないけれど、お酒が怖いというのが正直なところです。次は仕事、営業です。

長澤法隆

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