2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天山山脈を越えてキルギスへ



20年かけて自転車でシルクロードを見聞する「ツール・ドシルクロード20年計画」。中国の西安から出発したのは、1993年のことだった。そして、1999年には中国のカシュガルからキルギス共和国の首都ビシケクをめざす予定だった。中国は大きく、シルクロードの2国目としてキルギス共和国を選んだ。本当は、玄奘三蔵が越えたといわれているベデル峠を越えたかったのだが、国境が閉じている。そこで選んだのが、トルガルト峠だった。標高は3752メートル。

img027_R.jpg
運悪く、洪水で道路が流されてしまった。復旧するのを待ちたかったが、めどを立てられる状態ではなかった。

001_2_R.jpg

トパからカシュガルへバスで戻り、ウルムチへ飛行機で飛び、3日ほど待って飛行機でビシケクへ移動し、アトスまで車で行った。

img024_R_20160407094910683.jpg

004_04_R.jpg

img026_R_20160407094912a98.jpg

国境を挟んで400キロほど残して、アトスからビシケクまで自転車で走ったのだった。

その後、2000年、2007年、2012年頃と峠越えにチャレンジしたが、今も30キロほど残っている。今は舗装道路になっていて、距離も時間も稼げそうだ。無一度チャレンジしたいと思う。一緒に天山山脈を自分の脚力で越えたいと思う人は、わたしに連絡をしてほしい。

niigata43-1_R_2016040709495304b.jpg

niigata43-3_R.jpg

niigata43-4_R.jpg

niigata44-4_R_20160407094958ef6.jpg

プラナの塔。地震で約半分になったと伝えられている。星を見て方角を知る昔の旅人にとって、灯台のような役割だったという人もいる。この遺跡の中にサウナもあり、西方の文化がここまで伝わっていたことも分かる。もっとも、サウナの遺跡に行く人はいないのだが。

niigata45-2_R.jpg

1999年、自転車で行ったのは18名だったと思う。道端でスイカや瓜を買いながらの旅だった。子どもの多い国で、教育に熱心だ。日本に関心のある若者も多く、日本語を勉強している学生は多い。これからの日本との交流が楽しみだ。

img025_R_20160407095050132.jpg

1999年に天山山脈越えにチャレンジしたメンバー。後ろの像は、キルギスの伝説の英雄マナス。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://silkroad1993.blog.fc2.com/tb.php/308-c034fbba
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

Author:silkroadcycling
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

スペイン「巡礼の道」サイクリング (11)
ユーラシア大陸横断サイクリング (47)
講演会のお知らせ (39)
古代道路 (11)
日記 (55)
シルクロード雑学大学 (14)
未分類 (30)
シルクロードと日本 (40)
「ツール・ド・シルクロード10年計画」 (12)
チベット文化圏 (16)
シベリア抑留 (17)
国内サイクリング (36)
海外サイクリング参加者募集 (5)
写真展のお知らせ (15)
シルクロードの旅のお知らせ (6)
シベリア抑留・キルギス (21)
本の紹介・自転車 (7)
本の紹介・自転車・日本国内 (1)
本の紹介・シルクロードの楽器 (3)
コミックの紹介・自転車 (1)
西安ウォーキング (1)
本の紹介・最近のシルクロードと中央アジア (5)
展示会などのお知らせ (15)
海外サイクリング (13)
シルクロードの植物の栽培 (36)
キルギス・サイクリング (20)
自転車事情 (2)
シルクロードを歩く (3)
支倉常長の足跡 (10)
多摩川サイクリングロード (15)
リンク (1)
東日本大震災 (2)
多摩丘陵 (3)
佐渡・新潟・北陸 (1)
河西回廊ウォーキング (5)
佛教の南北伝播 (1)
学食巡りサイクリング (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。