2017-08

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タシケントの日本人とタジキスタン

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以前にも紹介していますが、もう一度掲載します。

この写真は、2002年にウズベキスタンの首都タシケント近郊にあるコリアン・コルホーズで撮影したものです。左から2人目の男性は、コリアンコルホーズに住んでいた日本人。朝鮮族として育てられています。敗戦の時は樺太に住んでいましたが、両親は日本人であることがわかったらソビエトの兵士に殺されると考えて、朝鮮人の夫婦に預けたそうですこのような事例は多かったと思い明ます。

彼の話によれば、男ばかり3人の兄弟は別々の朝鮮人の夫婦に預けられました。
戦後、彼はソビエトでも有名なジャズドラマーとして活躍し、日本からジャズのビッグバンド♯&♭がモスクワで講演した時、共演したというのです。写真も見せてもらいました。有名なミュージシャンだからか、北朝鮮にも行って演奏しています。そして、実の兄と会ったといいます。もう一人の兄は仙台に住んでいると話していました。

タシケントへいき、もう一度彼に会いたいと考えています。日本に住んでいるウズベク人に話していますが、朝鮮族として日本人が育てられたケースは、誰も知らないようです。ウズベキスタンという特殊性と考えると、知っていても声に出しにくいのかもしれません。コリアン・コルホーズは、タシケントの周囲にはいくつかることもわかりました。

4月8日に厚生労働省は、4964人分の抑留で亡くなった方の名簿を発表して、ホームページで紹介しています。http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/soren/50onjun/h03/

おおざっぱですが、目を通しました。私は注目したのは、タジキスタンの出なくなった方の4名の名前が発表されていたことです。厚生労働省は、これまでタジキスタンで抑留されて亡くなった人はいないと主張していました。そのために、収容所の記録がないといっていたのです。

自身の発言を否定しています。ただ、亡くなったのはウズベキスタンの病院だとあります。

ウズベキスタンとタジキスタンの国境付近でダム工事をしていた方の手記や資料を読むと、タジキスタンにも収容所はあると思っていただけに、厚生労働省がどんな調査をしたのか知りたいところです。こちらも、調査をしたいと考えています。
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