2017-10

支倉常長たちの帰国後の足跡



11月初めに気仙沼から石巻までサイクリングしている。

目的は2つあった。
1つ目は、2011年の東日本大震災の復興がどのように進んでいるのか。あるいは、復興が遅れたり、ポイントがずれている点があるのかを知ること。

2つ目は、約400年前にスペインやローマに渡った支倉常長を始めとした慶長遣欧使節は、帰国後にどのような暮らしをしたのかを知ること。

以上だった。

1つ目は写真展で行い、2つ目は来年の6月3日にマドリッド州立大学で写真の展示をして、スペインの人にも伝えたいと思っている。

スペインのコリア・デル・リオには、支倉常長と一緒にスペインに渡ったが、日本へ帰国する道を選ばないでこの町にとどまった乗組員がいたと伝えられている。その人数は6人から9人らしい。苗字は「ハポン」といい、スペイン語で日本人を意味しており、今でも800名ほどのハポン姓の人がいるという。

では、支倉常長もそうなのだが、帰国した人はどのように過ごしたのだろうか。何処で暮らしたのだろうか。支倉常長が帰国すると日本は、キリスト教を禁止していたのだった。隠れキリシタンになったのか。改宗したのか。元々キリスト教徒でなかったのか。

偶然、友人の一人が「うちのご先祖様は、支倉常長と一緒にローマへ行って帰国した足軽だったらしい」という。気仙沼出身で東北大学で西洋史を学び、東京書籍で社会科の教科書の編集者をしていた。すでに78歳ほどだ。

しかも、弟が気仙沼に住んでおり「気仙沼市役所に勤めていたけれど、定年で暇にしているから話を聞きに行ってあげて。喜ぶと思うよ」と、好意的に受け止めてくれた。行ってみると、気仙沼市史編纂室にも努めていたことがあり、歴史に関心のある方だった。

気仙沼へ話を聞きに行った後、手掛かりを求めて何冊かの本を買った。これらの本は、gooブログで紹介したい。

今回の記事をきっかけに、手掛かりを見つけたいものだ。
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